境界線の向こう 作者あとがき

突如思い立って、当初原稿にしようと思っていたものは次の部誌に載せようということで、今回はこんな話を載せることにした。
この話の原形は、友人とのやり取りしたメールの中にある。これでわかる人はいないだろうからもう少し詳しく言おう。
僕は地元の友人二人と文芸サークル(と呼べるかは怪しいかもしれないが)を作った。それが昨年、浪人時代である。だったら勉強しろやこのばかちん、とか思われるかもしれないので一応言っとく。昨年は勉強ばっかりで、文芸活動と呼べるものはおよそ一切していない。センターが終わるまで。
ま、様々な過程は省略するとして、友人の一人が「折角だから文芸サークルっぽいことがしたい」と言い出したのである。それについては異論は無い。まぁ、問題は提案者が過労死者候補に挙げられそうなほど忙しいということなのだが。
そのときはリレー小説を創ることにしたのだが、絶対に文章が噛み合わねぇ、ということで、私がショート・ショートの応酬なら出来るんじゃないかと提案したのである。
彼は当初渋々だったが、ノッてきた様で、その応酬は今も続いている。この話はその時に私が書いたものを色々手を加えたものだ。ちなみに、この話は奴が『境界線』というお題で条件は『二人称小説』というものだった。
ぐはぁっ、二人称小説になってない! 手を加える前からなってないのである。ってか参考文献が少ないんじゃ馬鹿やらふ(=やろー=野郎)。参考文献は北村薫の『ターン』だろう。一週間という期限の中、何故か狙いすましたかのように仕事が入り、読む事はできなかった。
そんな星野ルリに「バカばっか」とか言われそうな話はともかく、説明しておきたい部分がある。手を加えたから意図は伝わりやすいと思うが、念のためだ。友人と違い、読者様は私に質問など出来ないのだから。
作中に『君』が「涙を流すのは相手を奴隷と認めた時」と言っている。これを「何だこの電波な理由は」とか思われそうだから補足をしよう。
そもそも、我々にとっての涙の意味は『僕』の言う通りだと思う。以降はこれを前提として話をする。
涙の意味などが何なのかはどうでも良いのだが、問題はその意味が固定観念と思えるくらい強く心に結びついているのではないか、ということにある。
例えば、あなたが「たまねぎを切ると大概涙が出る」ことを知らないとしよう。では、そんなあなたが好きな人が恋敵とハンバーグを作っているとしよう。あなたが好きな人はたまねぎを切っている時に涙を流し、恋敵がハンカチに渡される。そんな状況をばったりあなたが目撃したら、あなたはどのように思うか想像してほしい。
きっと、その恋敵に平手の一発も食らわせたくなるだろう。誰かを泣かせるということはそのくらい強い意味を持っているのだが、その元凶は涙にあるのではないかと僕は思っている。
だからこそ小説やらで、例えば再会なんかで涙を流したらちょっと感動しちゃうシーンなわけだし、あるキャラの悲しみを表現する一番手っ取り早い手段が涙を流させる事なのだろう。テイルズオブファンタジアでアミィを殺されたチェスターが泣くシーンでは彼の悲しみやら怒りやらがよく伝わってくるだろうよ。
だから、今回はその涙の観念を崩すことで『君』が『僕』とは違う世界から来た人間で、『僕』とは感覚が違うということを表現してみたかった。
一番の難点は、文章で崩したところで固定化された観念がそうそう崩れるわけじゃねえ、てことなのだが。
そんな理由であのシーンを掻いてみたわけでし。多分、殆どの人がピンとこないでしょう。それで正常なんだと思う。そうじゃなきゃ涙の価値が下がる。みんなの中で涙が強い意味を持ち、且つ観念が崩れないからこそ使い勝手の良い武器たりうるのだから。
ちなみに、友人達と作ったサークルには絵を描ける人がいないので、そっちの方面で貢献したい人はメンバーで話し合って追加する場合があるかもしれない。
同人誌を作る情熱が仲間達から失われていないことを祈り、今回はこの辺でペンを置く、もとい上書き保存して終了したいと思う。

秋山涼



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