『羽の無い虫けら』


作者……果たされぬ口約束
◎もくじ
はじめに
主要登場人物紹介
第一章 あまりに痛々しい僕ら
第二章 幸せに生きている人々と僕の間にある越えられない壁
第三章 繋がれた犬とでも言うべき僕ら
第四章 絵に描いたような不幸
第五章 Necrophilia
第六章 皮膚の無い子供が生まれた
第七章 眠れない夜を彩る悲劇
第八章 血化粧
第九章 絵空事
第十章 腐肉食
第十一章 僥倖
第十二章 女神系譜
最終章 ちぎれた左腕の代償
スタッフロール
あとがき
「はじめに」
 何も言わず読めよ。細かい事は抜きにして読む約束だろ?
「主要登場人物紹介」
「僕」――高校二年生。いじめられっこ。頭はそれなりに良い。特に語彙力が高い。
「先輩」――高校三年生。「僕」の唯一の友達。
「女教師」――「僕」の通う高校で毎朝昇降口に立ち、生徒を迎える。
「三男」――「僕」のお隣さんの三男。
「高橋」――高校二年生。ガキ大将。僕を率先していじめる。
「恋に恋焦がれる人々」――別に登場しない。青春小説ではないので悪しからず。

※警告
1、この作品は長い上に論理的に未熟と言えます。
2、この作品はグロテスクな暴力シーンを多数含みますので年端も行かぬ子供や多感な時期なお方のご購読はご遠慮ください。
3、この作品は性的な描写を含みますので、小さい子供の手の届かない場所に置くよう心掛けてください。
4、それでも良ければぜひ読んで、触って、弄んで、触ってほしいです。

第一章「あまりに痛々しい僕ら」
 屍かと思ったら先輩だった。今度はそうくるか。全身から生気というものが漂ってこないのだ。笑えた。だがまだ生きていた先輩は言った。
『世界の砂漠化の進行、なんとかしたいな』
まず我々の心の砂漠化をどうにかしたらどうか、とは言えなかった。僕らの心はひどく荒廃している。放課後の教室は孤独と自由とが抱き合わせになっていた。外から部活の若さに溢れた声が頻繁に聞こえてくる。心から憎たらしい。部活を考えついた奴が今この場にいたとしたら、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしているだろう。
『よせ』
先輩の声でふと我に帰る。気付けばカッターナイフを握っていた。何かを壊したい衝動に駆られる17歳の夕暮れ。よくある話だ。グラウンドからは笑い声がちらほら。我々への挑戦だろうか。先輩は自分が笑われたと思って既にいきり立っている。そんな先輩をなだめることなく、僕は夢を見た。綺麗なお花畑が広がっている。ちょうちょの舞いも見事だ。川岸の向こうには四年前亡くなったおじいちゃんがいる。ずっと逢いたかった。逢いに行くにはあまりにも遠い存在だった。だからとても嬉しい。今そっちへ行くよ。
『おい起きろ』
体を揺すられ現世に戻る。先輩に起こされなかったらどうなっていたのか、本当にあったかもしれない怖い話。気付けばあたりは血で染まっていた。あ〜あ、やっちゃった。僕が寝ている間に先輩がやり場のない怒りをぶつけた後がくっきり残されていた。先輩の拳と痛み分けした壁は痛々しかった。僕らは明日生徒が来たときの驚きを垣間見たくて、そのままにして帰宅した。
 ある日、先輩が恋に溺れた、と言ってきた。その数日前からの話だ。どうせCGアイドルかなんかだろ、と言ったが当たらずとも遠からずだった。先輩は無機物に恋していた。人形だ。その日から僕をそっちのけでその人形に話しかけていた。僕はなんだかわからない気持ちのもやもやを感じた。それが人形への嫉妬であることに気付くのにそう時間はかからなかった。確かに人形は純日本人形みたいな感じで、かわいい。しかし、僕はいつでも先輩の一番身近な存在であり続けたかった。先輩と人形の親交は深まるばかりで、挙句の果てに、
『二人っきりにしてくれないか』
と言って僕を退出させようとした。僕は、
『僕が居ようと居まいと先輩は独りですよ』
と言い、その場を退いた。
 独りになったのは僕の方だったのかもしれない。だが先輩はあの人形といる方が幸せなのだろうと思った。人形とはいえ血が通っていないというだけで、女性だ。先輩は今人並みの青春を送っている。あの人形と愛を育んでいる。僕と邪悪なアフタースクールを送るよりどれだけマシだろう。僕はそう考えると体が小刻みに揺れるのが止まり、身を引くように夕暮れのかなたに消えていった。
 僕は僕が不憫でならねぇ。帰り道にすれ違う人々はどいつもこいつも幸せそうでみんな嫌いだ。昨日まではこの暗黒の道も先輩がいたからなんとか耐え忍んだが、今日はとても耐え切れない。くじけそうだった。そんな窮地から救われるためには、何か自分が蔑むことができる対象を探さねばならない。だめだ、どこを見渡しても自分よりは希望に満ち溢れているように感じる。自分は他人に蔑まれるために生まれてきたような気がする。
 燃えさかるMY HOUSE、響き渡る消防士の声、押し寄せる群集。我が家も修羅場と化すことがあるんだなぁ、と思いきや燃えていたのは我が家の隣の家だった。かわいそう、いや本当かわいそう。だが所詮他人事だった。野次馬に徹する自分がそこにはいた。火は消えたが家も消えていた。鎮火されると野次馬は散り、呆然と立ち尽くすお隣さんだけが残った。お隣さんいい人だったのにな。お隣さんのおすそ分けの肉じゃがおいしかったのにな。どこかに引っ越すなら肉じゃがだけでも置いてってほしいと思うな。
 次の日大学に行くと、血染めの教室の反響が思いのほか高くて満足した。中には泣き出す女生徒もいた。これだからやめられんのだよ。教室の血液は職員が必死で消してくれた。これには多少罪悪感を感じたがそれはしばらく後のことだった。先輩は今日になると突然、『あの付着した血液、DNA鑑定されないよな・・・・・・』
なんて若干杞憂とも言える心配をし始めた。
 僕の学校での友達は先輩だけだったが、突然その友情も終幕を迎える。先輩は恋人の人形をクリストファー公爵夫人、略してクリスと呼んでいた。僕はある日の放課後先輩に呼ばれた。先輩に呼ばれた談話室に行ってみると、先輩はいたが、クリスはいなかった。ただし、先輩はひどく憤慨している様子だった。
『何をそんなに興奮していらっしゃるのですか』
その僕の言動に先輩はギロリとこちらに目を向けて反応した。
『興奮せずにはいられるかい』
かなりの興奮だ。血流を見てみたい。
『どうしたんですか。何があったか教えてください。僕に怒っているのですか』
先輩はもうこれ以上興奮できないというぐらい興奮して言った。
『実はな、クリスがもう俺とは付き合えないと言い出したんだ。その理由はな、俺よりもお前の方を愛してしまっているからだ!』
僕はポカーンとした。妄想もここまで極めるとたいしたものだ。
 僕と先輩の関係はかつてないほど険悪になった。ここまで三角関係が苦しいものとは思いもよらなかった。先輩は廊下で会っても声をかけてくれなくなった。これが何を意味するかと言うと、高校において誰も僕に声をかける人間がいなくなったということだ。この場合、できれば先輩やクリスと話をしてわだかまりを解きたいところだが、先輩はあの調子だし、クリスはなんといっても人形だ。僕に人形と会話するような荒業はできない。できれば先輩の暗黒世界の住人にしないでほしかった。孤独な夕暮れ、孤独な帰り道、急に明日以降また同じ道を辿るのがしんどく思えてきた。問題がこれだけで終わらないのが僕の救われないところだ。僕が家に帰ってくると、家の前に一人の人間が立っていた。一瞬先輩かと思ったが違った。昨日火事で家を失ったお隣さんの三男だ。僕を見ると大声で叫びだす。
『お、お、お前のせいでうちが火事になったんだ。い、い、いつか復讐してやる。必ずだからな。必ずだ。か、か、覚悟しておけよ』
三男は走り去る。僕は何が何だかわからなかったが、いつか身の危険の類が訪れることだけはわかった。だが、誤解がないように言っておくが、お隣さんの火事には、僕は一切関与していない。どういう思考回路を働かせたら僕の責任になるか理解に苦しむ。
『前途多難だな』
足早に僕は自宅に入った。翌朝、我が家の家庭菜園が焼け焦げていた。
 先輩との関係、お隣の三男の言いがかり、自然と足取りは重くなる。本当に……、涙無しには語れないね。しかし、真の恐怖はこれからだった。
『ニャー』
自分の前を黒い猫が走り去っていった。いつもは僕が家を出る時、見送ってくれる母は今日は真っ二つに割れた茶碗の片づけをしているのでいない。空は暗雲立ち込める。家を出るとき父は斜めになった神棚の修理をしていた。
 昇降口に女の先生が立っている。人はここを学校と呼ぶ。上靴を履いた。がびょうが入れてあったので、とてもじゃなく痛かった。泣き叫んだ。例の昇降口にいた女の先生がかけよってきて『大丈夫?』と尋ねてきた。僕はそれが無性に恥ずかしくなり、
『わさびが目に沁みただけだい!』
と突っぱねて涙を拭い、教室に走っていった。そんな僕の姿を見てその女の先生は、
『ふふ、男っていつもそう』
と言い、昇降口に戻った。僕は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
 教室に入り、僕は僕のポジションにつく。僕の机は悪意に満ちた落書きでいっぱいだ。色とりどりの中傷は、僕をより情緒不安定にさせる。机の中に教科書を入れようとしたら、中から(はあと)のシールでとめられた封筒が出てきた。僕はそれがラブレターかと思い心躍らせた。胸は高鳴り、手は震えを禁じえなかった。封筒を開けた。中から多数の剃刀の刃のコレクションが出てきて、僕の手を切り刻んだ。陰湿だ。しかし、僕は何より後悔したのは、ラブレターだと思い期待してしまったことだ。
『何夢見てんだよ』
心の中で叫んだ。永遠に訪れるはずのないものに心踊り、儚い現実から目を背けていた。僕が恋を許されるのはおそらく先輩みたいに人形との妄想のみだろう。遠くの方で今の僕のリアクションを見て笑った奴がいた。この時そいつにつかみかかって殴るぐらいの器量があれば、僕の地位も変わっていただろうに、と後に関係者は語った。僕はおそらく『高2の夏エンジョイしてる奴ランキングベスト1000』なんてのがあったら間違いなく下位に位置するだろうと思うな。数多くいるひきこもりと共に。だがこの時は気付いていなかったんだな。この耐え難いともいえる愚劣な日々でさえ、これから訪れる大いなる悪夢を迎えると、懐かしいと感じてしまうということを。
第二章「幸せに生きている人々と僕の間にある越えられない壁」
 体育に臨むにあたって一つ気になることがある。僕の体育館シューズが何者かに隠されているということだ。どこかからせせら笑う声が聞こえてきそうだ。先輩との誤解も解けず、ましてや借りるような友達がいるわけでもなく、裸足でやるしかないな、と思った。むしろ裸足になるだけじゃなく裸もありかなしかで言ったらありかな、とも思った。僕は結局裸になる決意もなく、単に体育教師に体育館シューズを忘れたと言い、叱責をくらっただけだった。
 当たり前の話だが昼食も一人だ。群れてるようで、突き詰めて言えば所詮みんな独りだ、と自分に言い聞かせ、自分を慰めた。弁当を食べていると、高橋が近寄ってきた。高橋はドラえもんでいうとジャイアンのポジションだ。いや、ずる賢い点を考慮すればジャイアンをも凌駕する。高橋は僕の前に来ると言った、
『私のラブレター見てくれた?』
僕は下を向いたまま言う。
『心だけじゃなく両手も痛かったよ』
すると高橋は僕がいるというのに、僕の机の落書きを増やして去っていった。実に腹立たしいが、実に不甲斐無い自分のせいでフラストレーションがたまるだけだった。本当に嫌で嫌でたまらないことばかりなので、この多感な時期を乗り切れるか不安だった。
 進路指導の先生は僕らの床一面に希望が広がっているとはったりを抜かす。はったりだというのは僕の個人的意見だ。しかし床一面に希望があるならば、僕にも一つや二つ見えてもいいはずだ。たとえ一部の人間がその希望を独占していたとしても。僕の自論は希望は他人から奪うものだと思う。希望の数が限られているからだ。希望は一人一つ行き渡らない。一人が希望を独占するからか、そもそも希望の絶対数が少ないからかで。だからみんなが幸せになんて理想論は小学生までにしてほしい。誰かが幸福になっている裏では誰かが不幸になるなんてしばらく生きればわかるだろう。少なくとも一度はどちらかの立場に立っただろうから。
 今日もまた一日が終わる。時々人形と僕の違いがわからなくなる。少なくても学校では人間扱いされていない。いや正確に言うと存在認定されていない。サッカーボールやラクビーボールの方が僕よりマシな扱いを受けている。たまに悪戯心で高橋などが絡んでくる以外は、進んで僕と関わろうとしない連中ばかりだ。どうしようもないほど愚かなクラスメイトだ。僕が懲らしめてやる。な〜んて思うだけで多少心が晴れやかになってしまうものなんだね。意気地なしの僕にはそこらへんが限界さ。あと他にストレス発散の方法としたら、誰もいなくなった放課後の教室で好きな子の体操着を掠め取るぐらいかな。あの時は体操着に残った香りを嗅ぐのに時間が経つのを忘れたよ。小学生の時はそれが縦笛だったかな。好きな子の縦笛をしゃぶっている時は、あの子と同じ縦笛をしゃぶっていることによる妙な一体感を感じてしまっていたね。翌日不必要にべとべとになった縦笛を彼女が見たら、これもまた一つの愛の形だと気付いてくれたかな。今となっては確認しようがないが、おそらくわかってくれたはずだ。ただお互い恥ずかしがって何も言い出せなかっただけだ。中学になり、アルトリコーダーを吹くようになっても僕は変わらなかった。もし先生などに見つかったらしこたま殴られるんだろうな、という思いもまた僕を興奮させる材料となった。この放課後のわずかな時間が僕に学校生活における充実感をもたらした。
 帰り道にゴミ集積場の前を偶然通りかかったら、クリスが捨てられていた。僕はその姿が忍びなく感じられ、家に持ち帰ることにした。先輩に言わせると、同居ということになるのだろうか。次の日には不思議なほど先輩とのわだかまりがとれていた。挙句の果てに先輩は、
『お前らには幸せになってほしい、俺はそのために身を引く』
などと言い出した。僕は先輩が自分の損得抜きに身を引くような人間ではないとわかっていたから、おそらく先輩に新たな恋が芽生えたのだと思った。案の定その数週間後、新しい恋人を紹介された。ヨーロッパ風の人形でまたもや無機物である。先輩はその恋人を、ミスブルーライト横浜と呼んでいた。日本人とイギリス人のハーフで18歳、AB型、趣味はテニスで、父親は外交官と今度は設定も細かいようだ。先輩とミスブルーライト横浜の恋愛風景を見ていると、こんな恋愛もありかな、と思えてくる。それが庶民のささやかな楽しみなのだから。あんな先輩みたいな人間にだって、夢などにうつつを抜かす権利ぐらいぎりぎりあるはずだ。傍目から見ると確かに異様だ。ただ一人で永遠と人形に話しかけている姿は何度も見ている僕でさえ痛々しく感じられる。
『○○好き?え?好きなの、まじ俺もだよ。いいよね〜』
みたいな感じで。だが恋愛は他人の目を気にする必要はない。どのような差別や迫害があろうとも屈せず愛し合ってほしいものだ。そしていずれ先輩には誰かと結婚し、長町あたりに一戸建てを建設して、つつましながら幸せな中流生活を営んでほしいと思う。僕はごめんだが。
 家に帰り、暇だったので現在の社会情勢と自分との関わりがあまりに薄い件について考えてみた。年端も行かぬ弟は言う。
『お兄ちゃんが逝っても地球は何も変わらず動き続けるのではないでしょうか。』
それはほとんど誰もが同じだろうが、と憎たらしく思ったが、まもなく逆にこの弟が逝ってしまうなんてこの時は考えもしなかった。
 一家の何気ない夕食。失うまでその大切さに気付かなかった。ましてや今食べているこの夕食、つかんでいる豚肉が、一家で食べる最後の晩餐になろうとは思いもしなかった。昨日に続き茶碗が真っ二つに割れた。邪悪な歯車が回り始める夜を僕らは迎えようとしていた。
 漫画や小説なら『いやな予感』というものがするのであろう。だが人生そううまくはいかない。僕は占い師でもなんでもないことは紛れもない事実だ。この夜もいつもどおり眠くなって寝ただけだった。ただ夢だけは幸せな夢であった。淫らな情景が繰り返し繰り広げられたからだ。これを幸せと思っていることが不幸せだ、と言われるとそこまでなのだが……。
 異変に気づき目覚めた。なにやら焦げ臭い。誰かが寝ぼけて餃子でも焼いて焦がしてしまったのだろうか。いいや寝ぼけているのは僕の方だ、そんなことあるはずない。それによく見ると焼けているのは餃子やシューマイなど平和なものではなく自宅だった。逃げなければならない、逃げ遅れれば餃子になるのは僕の方だ。火の気がせまる。火に当たったら痛いだろうな、日焼けでも眠れぬような痛みなのだから。どうやらいつもどおり階段を降りて玄関からドアを開ける余裕はなさそうだ。こんなときに窓というものは存在するのだろうな、と思った。部屋にはどんどん煙が充満する。笑えない展開を迎えてるな、と思った。熱い。今もし願い事が一つかなうなら涼しい場所に連れて行ってもらおう。僕は窓のふちに立つ。汗が滴り落ちる。僕は昨日の朝、僕の上靴にがびょうが入れられていたのを思い出す。あれは痛かったな。今僕が裸足で地面に飛び降りた着地点にがびょうが置いてあったらどうしようか、と本気で考えた。高所恐怖症の言い訳はこれぐらいでよいだろうか。僕の部屋は熱く、煙がますます増加する。どうやら焼き餃子になる前に蒸しシューマイになりそうだ。もう限界だ。僕は二階の窓から飛び降りた。つかの間の飛翔。僕はついに鳥になったんだ。と思いきや地球の重力の無情なこと、この上ない。すぐさま地面を這い蹲る惨めな虫けらに戻った。羽のない虫けらに。なんてことはない。なんてことはないのだよ。
第三章「繋がれた犬とでも言うべき僕ら」
 消防車からばら撒かれる放水は火だけではなく僕らの穏やかな暮らしも消してしまったのだろうか。火は我が家を飲み込み消えた。専門用語で言うところの全焼だ。父、母、弟は逃げ遅れて絶命した。もう彼らの後姿を見ることはない。僕は泣き叫んでみた。近所のおばちゃんが僕の背中をさすってくれた。その汚い手で触るな。もっとこう、ねえ、若くてめんこいお嬢さんに癒されたい気分なんだ。近所のおばちゃんよ、残念ながら場違いなんだ。また次回挑戦してくれ、予選から。おばちゃんに触られているとさっき二階から飛び降りたときの足の傷も痛んできそうなんだ。なんてさすがに言えないよな。
 放火だった。僕は自分の命を危機にした放火犯が、とっても許せない。その両目を目玉焼きにしたいくらいだ。……、冗談だ。僕は比較的近所に住む、叔母の家を頼って行った。
『まあまあ大変だったわねえ、さあさ上がって』
目ではそうは言っていなかった。
 『肩身の狭い暮らしをしてる奴ランキングベスト1000』にまで入ってしまった気分を堪能している。叔母夫婦の視線は僕をどのように始末しようか、と訴えていた。いつ一服盛られるのだろう。
『世間体もあるしぃ、引き取らないわけにはいかなかったのよぉ』
叔母の立ち話の一部始終だ。本気で高校中退して住み込みでどこかで働こうか、と思った。だが、生来の決断力のなさが、僕を今日も高校に誘う。
 昇降口の前にはいつもの女の先生が立ちはだかる。
『坊や、大変だったわね、おはよう』
事務的発言に聞こえた。しかし、僕の学校での立場は火事の前後で明らかに緩和した。我が家の家事の情報は瞬く間に広まったようだ。皆僕を気遣い、励ましたり、カンパを集める奴も現れた。それも悪くないものだ。高橋は、
『いじめられていないお前なんて見たくない』
なんて言い出す始末だ。燃え盛る炎の先に見えたのは高校デビューだったのだ。クラスメイトとの何気ない会話、感動の涙が頬をつたる。ひゃっほー、なんて実際の世界で言う奴なんていないが、今の僕の気持ちを端的に表すとこうなる。僕の言う言葉に誰かが笑う、前は何もしなくても笑われた。その点手間が増えたのかな。いいや喜びが増えたのだ。いままで自分の言うことをまともに取り合ってくれるような貴重な人材なんて現れなかったのだから。
 当然ながら嵐の前の静けさだ。おかわり自由なほど強大な恐怖が舞い降りようとしていた。その恐怖にいくら敏感肌といっても気付けなかった。ある日、高校の窓から高校の前に一台の黒塗りのベンツが止められているのに気がついた。その時に僕は『将来あんなのに乗れたらなあ』なんて思っていたが、近いうちに乗れた。僕らの霊柩車として。その日も何気ない日常を過ごしていた。どうでもいい授業を受け、休み時間は他愛のない雑談に費やし、この日も放課後を迎えていた。ただ1つ変わった事といえば、朝の会で、放課後校長室に来るように言われていることだ。僕は特別あくどいこともしていないので気にも留めず、何気なく校長室に向かった。
 校長室にノックして入室した。なんと校長が泣いているではないか。まさかこいつが僕の本当の親父なんて展開はないよな。とにかくいい大人がよく人前で恥ずかしくないな、男が泣くのは夜枕を濡らすだけにしろ、と思ったが表情には出さなかった。校長は涙を拭おうともせず、僕の両手をつかみ、
『逆境に負けるなよ。最期まで諦めず生き抜くんだ』
最初校長は我が家が火事で焼失し、僕が家族を亡くしたことを言っているのだと思った。しかし最期の『期』が『後』じゃないことは気になった。校長が火事のことを言っているのではなかったということを次の瞬間気づくことになる。校長は二度手を叩き言った。
『では連れて行ってくれ』
ドアから黒服の男2人が入ってきて、僕の肩をつかむ、僕は何が起こったのかわからず、とりあえず抵抗したが、強靭な男たちに対する高校生の坊やの抵抗には限界があった。人間素直さが肝心、僕は妥協なしには生きられない。僕は目隠しをされ、ベンツの乗車デビューを果たし、どこかへと連れ去られた。どうせ旅行するなら目隠しなしがよかった。これじゃ景色を楽しむこともできないのだから。さらに僕はクロロホルムも吸わされ、少し早い就寝を迎えた。

 目覚めがいいとは言えなかったが目覚めた。ここはいずこ、わからなかった。一つだけ言えることは、今僕は地下駐車場みたいな場所にいることだ。おびただしい数の人と共に。皆一様に僕と同じような表情をしている。大勢の人々の性別・年齢構成は一言で言えば老若男女すべて、男女問わず生まれたばかりの赤子から老人までいた。
 僕はさらに辺りを見渡した。皆冴えない顔をしている以外は何も感じなかった。人生の敗者と自ら名乗り出なくてもわかる。いやそれは皆ではないことにも気付けた。出来損ないの顔と顔の間から、恐ろしい顔つきの男たちも何人かいる。目は血走り殺気を帯びている。あれは他人を殺めることをなんとも思っていなさそうだ。その時急に肩を叩かれた。振り向くとそこには見覚えのある顔が存在した。先輩だった。僕は良くも悪くもとりあえず知っている人間がいたことにホッとした。だが先輩は元気がない顔つきのままだ。僕は言う。
『笑顔がないとその不細工な面がさらに見栄えが悪くなるな』
先輩はその見たくもない面を一瞬綻ばせたが、また元の硬い表情に戻った。僕は冴えない質問を展開する。
『僕たちはどうしてここにいるのですか』
その口調は先輩の険しい表情に連動する。先輩はその重い口を開く。
『言いか、よく聞けよ。俺も話に聞いていただけで本当に存在するとは思ってもいなかったが、おそらく俺たちは捨てられたんだ』
先輩の目はマジでした。
『笑えない冗談だな』
僕の精一杯の反論とでも言うのだろうか。残酷にもそれにもすぐ先輩は切り替えしてきた。
『いや本当だ。世の中には公然と人殺しを生業としている仕事があるが、我々は多分人間を有料で引き取る業者に回収され連れてこられたんだ。後始末も引き受けてな』
僕も受け入れがたい現実に目を向け始めていた。
『じゃあ、僕らはどうなるんだい、僕らの肉がスーパーで切り売りされたりするのかい?』
先輩は笑ってくれない。笑うということを忘れてしまったのだろうか。
『かもな。話によると、業者は人間を引き取り、殺し合いをさせたりするショーを開いて収入を得るらしい。観客は普段見れない人間の殺しあう姿が生で見れるとあって、高額でもかなりの数が見に来るらしい。中には双眼鏡を持ってきたりしてな』
叔母夫婦は手頃に僕を始末できて今頃満面の笑みをさらけだしているのだろうな、あの見るに耐えない顔にしわを浮かべている姿が容易に想像できる。それにしても死にたくないなあ。他人を押しのけても自分は生きたい。這いつくばって、人間やめてでも生きていたい。
 目の前を見慣れた顔が通りかかった。クラスメイトの高橋ではないか。お前もここに送られてきたのか。いままで高橋にいじめられてきたことはすべて水に流され、親近感が沸いてきた。だがその親近感が命取りになると思い、声もかけず、先輩からも遠ざかった。もし、これから何か自分の命にかかわることがあった場合、誰も頼ることはできない。作戦上一時的に組むことはあっても、心までは売り渡してはいけない。自分以外頼れない、自分の命を他人に委ねるようになれば、それは生きていくことを放棄したことになりかねない。他人は自分を陥れるもの、僕にそういう決意を既にやらせてしまった先輩は甘いということになる。たとえそれが善意によるものでも。
 さらにもう一人通りかかった。火事で焼けた隣の家の三男だ。厄介な奴が通りかかった。奴は確か僕に復讐がどうのと言っていた気がする。三男は僕の存在に気づき、こちらに近づいてきた。そしてクックックッと笑い、言った。
『お前のうちに放火したのは俺だ。天罰だよ。ハハハ』
三男は人ごみに消えていった。僕は湧き上がるはずの気持ちが湧いてこなかった。今この状況を享受するので精一杯だったからだろうか。それとも三男もここに連れてこられたということは、僕が始末しなくとも、誰かの手によって始末されるから怒る必要もない、と悟ったのか。それとも高橋の時みたいに、感じてはいけない親近感を持ってしまったのか。人の心はわからない。自分の心すらこれなのに、相手の心などもっとわかるはずがない。だから真に心が通じ合える人間なんて見つかるはずがない。よって信頼できる仲間など作れるはずがない。すべてが敵だ。心が読めない分、お互いの腹の探りあいになる。これは日常生活の他人とのコミュニケーションのことを言っているのだ。これが命のかかった戦いになるとすると、複雑な心理戦になるのだろうな。
 耳障りなマイクの音が響き渡る。
『迷える子羊の皆さん、今日はよくいらっしゃいました』
眠らせながら迎え入れておいてよく言うぜ、と僕は思う。周りの人間も僕と同じことを考えていたようだ。響く罵声怒声、地下駐車場みたいな空間は一時騒然とした。
『お黙りなさい、家畜はよく騒ぐ。まるで自分の末路がわかっているように』
辺りは静まり返った。僕はその様子を見て不覚にも犬のお預けを思い出してしまった。場は赤ん坊以外音も立てずに次の声を待っていた。
『皆様はわが社とお客様との契約により連れてきた、いわゆる商品です。皆様が生きるも死ぬもわが社しだい、皆様はわが社の営利活動の一環として身を捧げていただきます。このことを光栄にお思いくださいませ』
光栄に思えればどれだけ幸せであろうか。とてもいただけない展開に少々気分を害した僕。この償いは誰がしてくれるのだろうか。さてさてどうしたものか。僕は落ち着かなくなり地面を叩き続けた。
『はしたない、私としたことが……』
ふと我に帰ると周りの視線を集めていた。
『よーし、地面のチェックOK』
世の中ごまかしきれないことってあるよな。四年前もそうだった……。って意味ありげに言ってみたけど、別に四年前に何か特別あったわけじゃないんだよね。回想シーンに突入しないよ。ただ、言ってみたかった、それだけ。自分の中で、注目してもらいたいって気持ちに目覚めただけ……。なんてな。たった一言でここまで引っ張れてしまうんだね。言葉って不思議あるね。再び機会音が響く。
『さて本題に入りたいと思います。皆さんの大半が死んでしまうわけですが、もちろん生きる活力が沸くように、当社の恩恵で何名かは生き残れます。感謝しましょう。これが去年の生存者の記録音声です』
別の男の声が響き渡る。
『いやあ、本当に生き残れてよかったです。最初はどうなるかと思いました。しかし、この殺し合いに参加することで、身長は伸び、お肌はさらさら、お金は数え切れないほど、女の子にはもてもてになりました。皆さんもLET'S TRY!!!』
僕は胡散臭さ丸出しだと思った。そもそも殺し合いに参加するだけで僕の敏感肌がさらさらになるわけないだろ、と突っ込みたい。たとえどんな音声でも、それを確かめる手段がないのだから、とりあえず偽りと捉えたい。しかし、命を握られている今の段階では、生き残れると信じるしかなかろう。再び元の音声に戻る。
『わかりましたか。安心しましたでしょう。皆さん、確実に誰かは生き残れるんですよ。皆さん、生き残りたさを丸出しにして、生にしがみつきましょう』
それを観戦者が舌鼓を打ちながら見る、に続くわけだな。僕の近くの若い男性は言う。
『なんて奴らだ。奴らは俺たちの命を虫けら以下にしか思ってねえ』
僕は彼に言う。
『お前は大きな勘違いをしている。虫けらっていうのはそこらへんを飛んでいるものだと思っているだろう。それは実は間違っている。虫けらというのは僕たちのことだったんだ。虫けらが命乞いをするか? また、もししたとして人間が聞き届けるか? 答えは否。僕たち虫けらはただ生き延びようとすることしか許されないんだ。ただ生をつかむしかないんだ、生を……』
知らない男に熱弁を振るったのは自分を奮い立たせるためか否か。もう既に主催者の意図にはまってしまっているだろう自分が憎らしい、でも大好きだ。こんな自分を力の限り守りたい。死にたくない。機会音は言う。
『さて先程の生存者の言葉にもありましたように、皆さんには基本的に殺し合いの形をとってもらいます。詳細は手元の資料を見てもらいたい』
そんなものない。何を見ればよいのだろうか。すると係員らしき強面が一人一人にファイルを渡していった。赤ん坊にはただその上に置かれただけだった。粗末なファイルの表紙にはただ、『永久保存版』と書かれていた。その前に僕が永久に眠りたくないものだ。機械音が再び鳴り響く。
『乱丁・落丁があった方は速やかに申し出てください。スタッフが参ります。そのファイルには、乱丁・落丁がなければ、
1〜3ページ はじめての殺し合い
4〜8ページ Sファイトのルール説明
9〜20ページ 早分かりアイテム表
21〜29ページ よくあるQ&A
30〜40ページ 特集T・間違いだらけの敵選び
41〜45ページ 特集U・きちがいだらけの味方選び
46〜50ページ 特集V・Q子の辛口ファッションチェック
となっているはずです。よろしいでしょうか。』
僕はためしに26ページを開いてみた。Q&Aの形で見やすく書かれてあった。

Q、もし死んでしまったら?
A、電話ください。

Q、おやつは何百円以内ですか?
A、500円以内です。ただし、バナナはおやつに入りません。また、弁当箱や水筒に入っている果物や甘いものも同様におやつには入りません。一例を挙げれば、ご飯にチョコフレークがまぶしてあったとしても、そのチョコフレークは法律上、ふりかけ扱いでおやつとして認識されません。

などと書かれている。遊ばれているのだろうか? とも思ってしまう。特に早分かりアイテム表が何を言いたいのかわからない。僕は機械音のアナウンスをひたすら待った。
『そろそろよろしいでしょうか。Sファイトを開催しますよ』
えっ? まだ説明が足りないでしょ。
『なんてな、ハハ。説明するからよく聞けよ。』
しんどい。やることもなく、家のベットで横になり、天井のシミを眺めていた頃が懐かしい。口調が変わったアナウンスに突っ込む気力ぐらい湧いてもいいのだが。
『さておまえらは昔剣士に憧れなかったか。憧れた人お手上げ』
誰も手を挙げない、いい大人はもちろん、子供もだ。
『ふむふむ、そんなに剣士に憧れていたか。さてはるろ剣(注1)の影響だな。』
主催者が視野の中にいなくてよかった。見えていたら今頃首を絞めていたことだけは間違いない。周りの連中も同じような気持ちだろう。周りの連中もいけ好かないが。ん!?なぜこうも周りの連中がいけ好かなく感じられるのだろう。まだ話したこともなければ、趣味や性格、靴のサイズすらわからないのに。わかった。似たものどうしだからか。周りも僕みたいだから、自然と嫌われる負のオーラを漂わせていて、いけ好かなく感じさせるのであろうか。
『それは違うぜ兄ちゃん』
側にいた三十代半ばの男が僕に言う。それにしてもなぜこの男は僕の考えていたことがわかるのか。それは次週に続く。ってアニメだとなるのだろうか。ご安心あれ、この小説は読者を待たせない。この男は読心術の持ち主だ。ただそんだけ。本当にそんだけ。あとは別に本編に関わらず、主人公である僕に生殖、間違った、接触することもなく、死んでいく。だがそのような使い捨てキャラはこの男に留まらない。たいていのキャラは人知れず死んでいくのだ、おそらくこの戦いで。僕はそのような名も無き躯の一つになる予定は今のところない。生き抜く強い意志は人一倍あるつもりだ。なんなら見せてやろうか僕の生きようとする力を。……、今度暇な時な。
 人々は知らない。僕が抱かれたい男ランキングに十分入れる実力派であるということを。そんなに離れていたら気付けないだろう。だから頼むからもうちょっと近くを歩いてくれ。それとその蔑むような目、やめろ。特に僕の通う高校の奴らに聞き届け。まあ早い話あれだ、もっと僕にかまってくれ。
 おっと余計なことを考えていて何も聞いてなかった。ふと現実を見つめなおす今日この頃、いつのまにか機械音から発する説明は随分進んでいた。機械音の口調もまた変わっていた。
『ふぉふぉふぉ、わかっていただけたかな。稀にいる、話を聞いていなかった者のためにのう、もう一度簡単におさらいしよう。時は十五世紀……』
うんざりする話が続いた。それからしばらくたって、話は本題に入る。
『さてルールは……』
第四章「絵に描いたような不幸」
 中学時代、クラスの女子は僕に平然とこう言いました。
『同じ空気を吸うのも嫌っ』
と。恐ろしいほどの侮蔑の眼差し、僕はその眼差しを知っている。あれは人が蝿や蛾に向ける眼差しと同じだ。いやむしろ僕の場合、比べられる蝿や蛾が可哀想だ、と言われかねない。そして、何か僕が口答えしようものなら、
『妾の子は黙ってろ』
と罵声を浴びせられた。別に妾の子でもなんでもない。それにたとえ妾の子だからって他人にどうこう言われる筋合いはない。しかし、ついたあだ名は妾の子。名付け親は高橋。あの時、僕に少しでも『今に見ておれ』という気持ちがあれば、僕のポジショニングは違っていただろうと、今でも思う。その気持ちを今生き残るために使いたい。ところで、機会音声は、あれだけ引っ張っておきながら、
『ルールは、ファイルをよく読んでください』
ときたもんだ。そして、今僕らは警察の犯人護送車みたいな明らかに待遇がよろしくない車で輸送されている。差し詰めその光景はうなる家畜のようで、このまま吉野家の丼の上にのっている具にされても違和感はないと思われる。いや、きっとこれからそれよりもっと過酷な目に遭うのだろう。だが、僕はどんな屈辱を受けても、生きたい。たとえその生にしがみつく姿を見ることが、醜悪な視聴者の望むことだとしても。
 すし詰めトラックで輸送されている間、暇だったので手渡されたファイルを入念に見ていた。それは僕だけではなく、車内にいるすべての人間が見入っていた、ただし運転手を除いては。わき見運転はいけないからね。
 ファイルには様々なことが書かれていたが、覚えることは単純明快だった。これを読んでいる諸君向きだな。そもそもSファイトとは『SWORD FIGHT』の略らしい。Sファイトについて簡単にまとめると以下のようになる。

@会場入り口で[重さ、長さ、硬さ(折れにくさ)、太さ]などが違う三十種類程度の刀の中から好きなものを一本選ぶ。
Aその後、[百円ライター、包帯、赤外線スコープ、脇差、刀もう一本、覚醒剤、手裏剣三個、寝袋、懐中電灯、迷彩服]の全十種のアイテムの中から三個を選ぶ。ただし、赤外線スコープ、刀もう一本は一つのアイテムで二つ分とカウントする。このアイテム三つまでを選べる権利を"アイテム枠"と呼ぶ。
BSファイトの大会中、一切当局は関与しません。(無数に設置されたカメラで状況は常に監視・中継されます。)
C三十日後、生存している全員を自宅に搬送し、以降普通の日常生活に戻れます。
D生き残った参加者の家の台所をシステム・キッチンにします。
ESファイト中、決められた区域(高い塀で覆われたゾーン)より外に出た、または外に出ようとした場合、ためらいもなく射殺します。
F本イベントは決して殺し合いを強要するものではありません。

 あとは細かいアイテムの説明が書かれていた。基本的に太くて、長い刀は重く、細く短い刀は軽い。また、太い刀は折れにくく、細い刀は折れやすい、これ人類の常識ある。
 我々が乗せられている護送車は先程からずっと山を登っている気がする。車の中は様々な奇行が流行っており、神に祈るもの(明らかになんちゃってクリスチャン)、何やら独り言に花を咲かせる奴、自分の前世を語りだすものなど様々だった。僕はと言うと、小学生時代に好きだった女のことを考えていた。あの縦笛により心が通じ合っていた彼女だ。くわしくは第二章を読んでくれれば丸分かりだ。今思うともう少し深く彼女の縦笛をしゃぶっていれば、もっと愛し合えただろうと後悔している。ただ、あの時はあれが初恋で僕にはどうしていいかわからず、ただただ必死で彼女の縦笛をしゃぶることしかできなかった。愛を伝える方法はそれしかないと思った。今高校生になり、「しゃぶる」の他にも「舐める」があることを悟った。僕も大人に半歩近づいたということだ。
 山の上に着いた所で僕らは降ろされた。どうやらSファイトやらの会場に着いたらしい。
『廃墟となった大学施設みたいな感じの所だな』
と僕は言った。その発言に見知らぬ男が反応した。
『馬鹿言うでねぇ、山の上に大学なんてあるわけねぇだろ』
それがあるんだな。僕は少なくても一つ、山の上にある大学を知っていた。僕は常々大学は誰もが憧れる一流大学に入りたいと考えていたからだ。
 僕らは廃墟となった大学施設の校門らしきものをくぐらされた。そして、刀を選ばされた。僕は比較的細く長い刀を選んだ。刀には『菊一文字』と書かれていた。次に、三つのアイテムを選ばされた。僕はアイテム枠二つを使い『赤外線スコープ』を選び、それと『百円ライター』を選んだ。もうちょっと良いアイテムがあるではないかというおはがきもいただいたが、明らかに他のアイテムより用途が不明確な百円ライターが逆に魅力的に感じられた。アイテム枠を二つ消費してしまう赤外線スコープも、アイテム枠一つの懐中電灯と比べた時、両手がフリーになる赤外線スコープの方が断然良いと感じられた。それに心の奥底では多分、必要なアイテムは他人から奪えば良い、だから初期装備は戦闘向きなアイテムを選べ、と思ってしまっていたのだろう。深層心理って怖いね。
 山の上の大学廃墟に連れてこられたのはちょうど百二十人で、それぞれが刀とアイテムを選び終わると、刀とアイテムを渡した職員らしき強面は、そそくさと車ごと外に出て、校門を閉め、唯一の出入り口を封印した。誰もそれにはあがなわず、Sファイトは始まった。全員が刀を持っているものの、他プレイヤーとは距離をとってはいるが、いきなり斬り合うなんてことはしなかった。僕らにはまだこのSファイトの真意がわからなかった。だってそうだろう? 大学廃墟に軟禁されただけで、お互い命がけで斬り合う必要などない。むしろ同じ被害者として他プレイヤーに親近感すら持っている人間すらいるだろう。僕はとりあえずこの大学廃墟を探索してみることにした。探索と言ってもそう気の利いたものでもなくて、餓鬼の冒険ごっこと優劣を競うものだ。校門から進んで右手に演劇などを行うホールがあった。話は変わるが床暖房って温かいのかな? 僕もぬくぬくしてみたいものだ。そして、校門から進んで左手に食堂があったような建物がある。もちろん食料は見当たらない。その建物の前に池がある。水中戦はまかせてほしい。根拠のない自信があるんだ。
 そして、校門をずっと正面に進んだところに大きな講義棟が見える。僕はこの大学廃墟内を一周すると、その講義棟の三階の端っこにある『散らし寿司専攻共同研究室(ちら専共研)』に入り、イスに座り、自分の置かれている境遇について考えたり考えなかったりした。ちら専共研の中にある机の上には、『散らし寿司と教育の融合』と書かれたレポートが置かれていた。何がしたいのだか全くわからないレポートである。僕も大学生になればわかるのだろうか。別にこのレポートを見てってわけではないが、そういえば小腹がすいたな。……。……。……。おなかがすいたことで、最も大切なことを思い出したよ。それと共にこのSファイトというものの真意を悟ってしまった。僕は恐ろしさのあまり自然に還るところだった。
『食料が何一つない』
それは先ほど僕がこの大学廃墟内を自らの足で探索したことで保障できる。ほとんどの人は何かを食べないと生きていけない。電池で動いている人間なんてあまりいないだろう。三十日間も軟禁されている間、飲まず食わずで生存することが果たして可能だろうか。九九の計算と同レベルの問題だ。厳しいだろう。さすればどうするか、答えは容易に導かれる。
『他プレイヤーを殺して食べて生き残る。そのために便利な刀があるじゃないか』
三十日間飲まず食わずでの生存に挑戦するのもいいだろう。もしかすると成功するかもしれない。それが自分だけの勝負であるならば。ただ必ず弱る。飲まず食わずで生き残るには、エネルギー浪費を避けるため、最小限の動き以外はとれないし、一週間もすれば弱って動けなくなる。そのとき自分を食べようとする敵プレイヤーが現れたら間違いなく餌食となるだろう。だから、確実に生き残るためには、自分が身動きの取れるぐらい元気が余っているうちに、他プレイヤーを殺してその死肉をむさぼらなければならない。それ以外に生き残る術は見当たらない。そろそろ他プレイヤーもそのことに気づいている頃だろう。そして夜が近づくにつれ、急速に場の空気が弛緩することだろうと思う。なぜなら、アイテム枠により選んだアイテムで立場が全く違うからだ。具体的に言うと、赤外線スコープを持つものが夜の支配者であり、狩る者。待たざる者が狩られる者で、一晩中身を隠す必要がある。そして――
トントンッ
ドアをノックする音が響き渡る。僕は身構えた。そして昔毎週『るろ剣』をテレビで見ていたから腕には自信があるぞ、っと心の中で繰り返し唱えた。ドアが開く。開いたドアから先輩が現れた。僕の許可もなく入りやがって。先輩は言う。
『お前がこの部屋に入るのが見えたんでな。話がある。単刀直入に言うが、俺と組まないか?』
僕は答えなかった。すると先輩は続けた。
『考えてもみろよ、俺たちのほとんどが刀なんて握るのは初めてのドが付く素人だろう?実力が大差ない素人が戦う場合、有利なのは数だろう? でもついさっき会ったばかりの他人なんて信用できるわけない。その点我々は気心が知れているから、違和感なく組むことができる。わかるか? これはアドバンテージなのだよ』
僕は即答した。
『そうですね、二人で組んでこの苦境を乗り越えましょうか、よし、早速行きましょう』
僕は立ち上がり歩き出しドアへと向かった。そして、先輩に背を向けた瞬間、先輩は斬りかかってきた。それを僕はわかっていたように振り返りよけて、すぐさま反撃に転じた。先輩は僕の反撃が意外だったのか一瞬後ろに退くのが遅れて、致命傷とまではいかないまでも浅く腹を横に斬られた。その腹からは血がにじみだしていた。先輩は僕の刀の間合いの外に退くと、冷静を装って言った。
『よく俺が斬りかかるってわかったな』
僕は呼吸が正常に戻ると答えた。
『それが手を組もうと言う人間の目ですか。血走ってますよ。それに赤外線スコープを持たざる者が勝負をかけるとしたら明るい夕方までだ。さらに奇襲をかけるとしたら、まだ現状を飲み込めていない可能性がある初日の今しかない。今訪ねてくるような人間はどうそいつがのたまっても敵だという認識になるでしょう』
先輩は笑みを浮かべる。その顔もまた見るに耐えない。ぜひプチ整形を百五十回ぐらいやってもらいたいものだ。僕は続ける。
『先輩、あなたは不器用だ。いやはや本当に不器用な男ですよ。偽りの言葉は覆い隠せないのに、その殺気は驚くほど正直だ』
先輩は一度浮かべた笑みを止めることを知らない。いい加減その顔はよしてくれ。しかし、その作り笑いも引きつっている。先輩は明らかに焦っていた。それは腹の傷もあるのだろうけど、僕は先輩の重大な欠陥が彼を焦らせているのだと認識した。その欠陥とは心構えだ。本人もまだ気付いていないだろう。先輩は油断していた。僕に自分が仲間だと油断させ背後から斬り付け殺す、なんでもない作業だ、と思っていたに違いない。だから心の奥底ではまだ殺しあうということに腹をくくれていなかったのだ。そして、その計画が破綻するという思わぬ展開に内心動揺を隠せず、焦りを感じてしまっているのだ。腹をくくれていなかったからね。先輩は戦闘中の今初めて人一人を殺すことの大変さを痛感していることだろう。先輩の汗の量が僕の考えを裏付けている。先輩は奇声を上げながら再び斬りかかってきた。今度は刀で受ける。今この光景こそSファイト最高の見所として取り上げられているのだろう。先輩が四回目に斬りかかってきた時、僕はそれを刀で払いのけ、先輩の胸の下を斬り付けた。今度は激しい出血、僕の頭に先輩のB型の血液が降り注ぐ。先輩はその場に倒れこみ、体はピクピク痙攣していた。先輩は今にも消えそうな声で言った。
『死にたくない、死にたくない、死にたくない・・・・・・』
僕は誰もが死ぬ時はこのような台詞とは言えないような台詞をはくぐらいで、決してどこぞの有名人みたいに名台詞を残して死ぬようなことはないと思った。
『お母さん・・・・・・』
その後、先輩は口をパクパク動かし、目からは涙がとめどなく流れ、鼻水を垂れ流し、言葉にならない言葉をいくつか言ったかと思うと、数分後、息を引き取った。
第五章「Necrophilia」
☆前章までのあらすじ☆
四天王の一人、「風のポチ」を激闘の末倒した僕であったが、平和はそう長くは続かなかった。再び自分のANEGOを殺した四天王の一人、「水のミケ」を探す旅に出た僕の前に立ちはだかったのは僕の宿敵であり恋のライバル、尚且つ実は本当の父親である四天王の一人、「炎のクロ」に操られた弟の姿であった。変わり果てた弟の姿に動揺するあまり、誤って先輩を激戦の末に殺してしまった。

 人肉はおいしくないだろう、というのが我々の間での定説だった。それは間違いだった。不思議と食が進む。僕は今先輩との感傷に浸る時間を省略して、先輩を食べていた。別に言い訳するつもりはないが、初めは気が進まなかったのは事実だ。だが今は、『調味料があるとなおいいな』なんて思ってしまっている自分を恐ろしく感じる。・・・・・・、まともな言い訳にもなってないな。昔、手をつないだ先輩の手は、僕の胃袋に納まってしまった。よくシンクロなどの団体スポーツは、
『心を一つにして頑張れ』
とよく言うが、今の僕と先輩の関係ほど一身同体な関係が他にあろうか、いやない。僕は先輩を食べることで初めて生涯先輩の最も身近にいる権利を獲得したんだ。そう考えると食人という下衆極まりない行為でも心が温まる。あっ、血抜きしないとな。僕は先輩の首を削ぎ落とした。その顔で見つめられると食が進まなくなるからだ。人肉はいくつか食べ方があるが、とりあえず夕食は刺身みたいにして食べた。先輩はアイテム枠で、脇差、包帯、懐中電灯を得ていたため、その脇差が、先輩を料理するのに役立った。
 随分食べたと思う。それでもかなりの量の先輩が残った。残りは干し肉にして保存しようと思った。それに、焼肉にするのもありかと思った。やっと百円ライターの使い道がわかった。でもそのためには外で焚き火をする必要がある。火は自分の場所を他プレイヤーに教えることになり危険だ。ただ、大会序盤の夜ならそれ程危険ではないとも思える。なぜなら、赤外線スコープのないプレイヤーは当然夜動くような真似はしないだろうし、赤外線スコープを持っているプレイヤーもわざわざ焚き火の明かりがあり、赤外線スコープによるアドバンテージが低い場所で戦うような真似はしないだろう。ただ、だからといって安全とも言えない。たとえば焚き火をする場所への移動中、赤外線スコープ所持者のターゲットになったりすることや、なりふりかまわないプレイヤー、複数のプレイヤーで単独のプレイヤーなんて怖くないプレイヤーと遭遇する可能性があるから、あまり一人で出歩くのは得策ではない。しかし、その危険もSファイト中盤以降よりはマシだろう。プレイヤーが少なくなり、食料兼敵が減ってくると、敵は多少のリスクをおかしてでもお命頂戴と襲ってくる。だから、明日の夜あたりは探索も兼ねて外食も悪くないかもしれない。それと先輩が言ったように裏切られるリスクはあるが、他プレイヤーと組むのもありかと思う。とにかく今日は残りの先輩を処理して寝よう。静かな夜だった。時々おたけびが聞こえることを考慮に入れないとするならば。
 そこには、両手両足と首を無くした先輩の尻と陰部があった。どこか性的興奮を覚える。油断するとこの死体を姦淫してしまいそうだ。僕は先輩の尻を見ないようにした。
『僕、他人の腰から下って触ったことないんだよね』
死んじゃった先輩はなぜこんなに魅力的なんだろう。ミスブルーライト横浜が先輩とお付き合いする気になった気持ちが少しだけわかった気がした。

 先輩には夢があった。英検取る、良い大学入る、そして一流企業に入りのし上がる。何一つ叶わなかった。虫けらには出すぎた身分を求めたから叶わなかったのか。
『そのとおりさ坊や、お前も先輩もこの世の底辺を這いつくばる虫けらなのさ。お前たちに許されるのは空飛ぶ蝶を羨ましがるだけなのさ』
果てしない闇の中から邪悪な声が響き渡ってくる。

目覚めた。何かとても気分を害する夢を見たような気がするのだが、残念ながら覚えていない。朝だ、やっとSファイト二日目を迎える。少し晴れやかな気持ちで窓を開け、外を見る。わー、死体がいっぱいだ。数えてみた。視野の範囲に十二体いる。きっと大学廃拠全体ではもっともっと死者が出ただろう。その死体を運んでいく人間の姿も見えた。朝ごはんのしたくに取り掛かるのだろう。僕も先輩を食べ、いつ他プレイヤーが襲ってきても良いように準備した。が、この日は一向に敵は現れなかった。別に襲われることを待ちわびていたわけではない。この日は深夜外に出て先輩を焼いて食べた。やはり生では多少鮮度が落ちるからだ。この時も敵には遭遇しなかった。
人肉の食べられるところはすべて食べようと思っていた。それでも四日目中には先輩を食べ終わる。この育ち盛りを満たしてくれるような仕入れが必要だ。そのためにはこちらから打って出ることも必要ではないかと思う。
三日目も敵が現れることもなく夕方を迎えた。僕は敵を過大評価しすぎていたのではないかという考えが頭をよぎった。いつだってそうだった。インディアンポーカー、麻雀、野球の守備などすべてにおいて安全策を求めた。安全策が堅実で良い行いだと信じていた。一か八かを知らない僕は、いつも弱腰で安全策に逃げることが、しだいに自分を追い詰めていくこともまた知らなかった。だから今回は積極的に殺しに行こうと思えた。今なら人肉を食べることを受け入れられない人間が弱って地面をのた打ち回っているかもしれない。赤外線スコープがある限り、少なくてもSファイト序盤は狩る者でいられることを忘れてはならない。
暗くなると、僕は赤外線スコープを装着し、ちら共研を出た。僕は講義棟を出て、外を歩き回った。僕の餌はどこに隠れているのだろう。よだれが止まらない。次得た人肉はミディアムで食べようと決めていた。僕は気づいていたのだ。人間は反吐を吐くほど嫌いだ。しかし、その死体の鮮やかなことこの上ない。すべて先輩のせいだ、先輩の死が僕に新たな喜びを覚えさせてしまった。気づけば他人を始末し、その死肉を喰らうことに喜びを得るタイプの人間になってしまっていたのだ。時にはその死体と結合すらしたくなる。抑えきれないこの衝動は、人間としてよくありふれたものと認識している。違うかい? 僕がすれ違って見てきた人間たちはすべてまやかしだったと気づいたんだ。すべては死んでからが美しい。死体は従順だからなおよろしい。僕を蔑んだり、ましてや僕の机に落書きなどしないから素晴らしい。そうだ、次死体を作り上げたら添い寝してもらおう。家族が死んでから寂しさ極まりなかったんだ。ドラえもんのポケットにはなんでも入っていると誤解を生みやすいが、死体は入っていないのだろうな、と思ったりした。
第六章「皮膚の無い子供が生まれた」
『五号館』と表札のある建物に入った。完全なる暗闇の中、自分の足音さえこの暗闇に紛らせて消せると思えた。一部屋一部屋に全神経を集中させて開く。今僕に接近してくるのが、たとえみんなのヒーローアンパンマンでも食べやすい大きさにしてしまうだろう。特別甘党というわけでもないが。
四階へ上がる。赤外線スコープとはなんて便利なんだろう。アイテム枠二つがネックになり取得しなかったプレイヤーも数限りなくいるだろう。残念でしたね。僕はこの暗闇の支配者になったんだ。僕は『本田研究室』と書かれた部屋を開ける。その瞬間気づいた。
――人間のいる気配がする。
視線を落とす。人間が一人うずくまっている。顔の細部までが目に見えるわけではないが、女だ。しかも、赤外線スコープを装着している。僕に緊張が走る。相手もこちらをじっと睨む。そしてはっと驚いたような顔になる。僕の顔は別に驚くような構造にはなっていないことだけは確かなのだが。そして、その女は口を開いた。
『坊やじゃないの、わかる? 私よ。わかる?』
僕ははっとしたような顔を演出して答えた。
『も、もしや……、四天王の一人、「土のタマ」ですか?』
その女は笑顔で言う。
『いや、違う』
では誰だろう。少しずつ接近するにつれわかってきた。僕の高校で、毎朝昇降口にいて登校する生徒を迎えている女教師だった。僕は言葉にできないぐらい驚いた。嘘じゃない。動揺して言葉が言葉にならない恐れがあった。ここにいるはずのない人物だと思ったからだ。僕はこういうときありきたりな発言をたまにしてしまう。
『どうしてこんなところにいるんですか?』
先生はいつもの英語を教えるような口調で答えた。
『坊やと同じ理由じゃないかしら』
僕は先生が刀や脇差を握っていないことを確認し、少し緊張した面持ちが崩れた。
『先生は弱ってらっしゃるのですか』
先生は悲しそうな顔になり言った。
『私にはどうしても他人を殺めて、その死肉を食べることはできないの。でもそれが普通の人間てものじゃない? 人間が理性を捨てて共食いを始めたら、もう人間は獣以下に成り下がってしまうと思う。だから、とても怖い、怖いんだけど、先生死ぬことにしたの。誇りや理性を持ったまま人間らしく死にたいの』
僕は即答した。
『他人を殺してその人肉を貪ってまで生にしがみ付こうともがき苦しんでいる姿の方が、よっぽど人間らしいと思いますよ』
先生は僕を睨んで言う。
『坊やも私を殺して食べるの?』
僕はためらうことなく言った。
『残さず食べます』
先生は少し笑みを浮かべ、
『坊やはもう立派な食人鬼ね』
と言った。この後、二人はしばらく黙った。僕はどんな言葉も、無意味だと感じた。暗闇の中先生は泣いているようにも見えた。十分ぐらい経っただろうか、突如先生は口を開いた。
『ねぇ坊や、先生と情交しない? 先生狂っていると思う?』
僕は答える。
『しらふでは言えない言葉でしょうな』
先生はさらに言う。
『でも思うの。虫けらでさえつがいを作り、交尾をし、子孫を残すと言うのに、なんで私たちは殺し合いなんかしなくちゃならないの? 坊やは先生を抱きたくないの?』
僕はふと昔のことを思い浮かべながら答えた。
『そういえば昔、先輩も似たようなことを言っていたな。"虫けらでさえつがいを作り交尾をするというのに、なぜ我々には彼女の一人も現れやしないのだろうか"と。答えは決まっているね。僕たちは虫けら以下だからさ。それに僕はもう先輩を殺して食べた立派な食人鬼です。そんな食人鬼と先生が交尾したら、皮膚の無い子供が生まれますよ。だから遠慮しておきます』
先生は再び黙った。先生はただ呆然とその場に座り込み、生ける屍となっていた。本物の屍となる日も近いが。僕はそんな先生を気の毒そうに見つめながら言った。
『先生と情交するのは、先生が死体となってからでもいいですか?』
先生は答えなかった。決別の時はきた。僕はせめて先生が苦しまないように、じわじわといたぶって殺した。つまり、悪い癖が出た。先生は誇りや理性などと言っていたわりに、やはりかなりの悲鳴を上げ、命乞いもしだした。その声も次第に費えて、先生は絶命した。僕は約束どおり、無傷にしておいた、先生の下半身に挿入した。なんと心地よいことか。僕は夢中になった。僕は死姦の素晴らしさに心が躍った。もう死体以外は受け入れられない体になってしまっているのだろう。一通り先生の体で性的欲求を満たすと、先生を切り刻んだ。無残な姿になった先生も美術作品としての価値はあると思う。先生は今晩にも食べてしまうので、先生を見るのもこれが見納めだ。もう朝昇降口に立つこともできない、両足が切断されているのだから。もう朝来る生徒に声をかけることもできない、首と胴体が離れてしまっているのだから。僕はこみ上げてくる涙を止めようとはしなかった。ただ、死体になった先生の方が生前より魅力的だということが、唯一の救いだと思う。そう思わないかい? 僕は、再び先輩の刀などが置いてある『ちら共研』に戻った。
 先生の体は引き締まっていて、おいしかった。こうなんて言うかジューシーだ。人肉を食べること、これはもう混迷する現代社会の最後の安らぎだ。先生はもう美しさのかけらも無いただのたんぱく質の塊になってしまったけど、僕にもたらす物は大きい。それは大いなる幸福感だ。もし先生がもう一人居たとしても、放っては置かないだろう。そして、先生を食べた僕は先輩を食べた時のように、この上ない一体感を味わった。これはもはや結合を超えた一体感、それこそ神の領域だ。僕はずっと人は神になれないと思っていた。だが、今僕の行動は神の領域に足を踏み入れている。先生は真の教師だった。ただのたんぱく質の塊となっても僕を導いてくれている。そして時に排水口にもなってくれる。その先生の使い勝手の良さに僕は涙が止まらない。ほとばしる感謝の涙、この気持ちは先生を完全に食べ終わるまで忘れないであろう。そして先輩同様首だけになった先生は、目を見開いてこちらを見ている。心なしか微笑んでいるように感じられる先生の首、それはまるで血だらけの部屋を彩る一輪の花のようだ。ただその香りが死臭であることが残念だ。しかし、もはやその臭いにも慣れ親しんだ。僕は昔からいわゆる変わった臭いというのを心地よく感じる性質があった。一例を挙げるとすれば、トイレの消臭剤だ。あれなんかいくつも便器からすくい上げて自宅まで持ち帰ったものだ。もちろんすくい上げるのも、持ち運ぶのも口でだ。説明するまでもないな、きっと誰もが一度は経験しているのだから。だから今回も案の定死体の臭いも気持ちよく感じられてきて、心に潤いを与えてくれた。こうして、三日目の夜も終わるかのように見えた。だがまだメインディッシュが残されていた。
第七章「眠れない夜を彩る悲劇」
 ちら共研に冷蔵庫があることが何より嬉しかった。このSファイトにおいてプレイヤーの頭を悩ませるのが、食料である死体の保存方法だ。常温では何の肉でも数日で腐ることは宇宙で一番愚かな奴でもぎりぎりわかるだろう。だからこのSファイト、ただ数を殺せばいいのではない。形あるものは必ず腐るからだ。その点冷蔵庫のアドバンテージは大きい。僕は切り刻んで部位ごとに分けた先生をまず出来る限り冷凍庫に詰め込んだ。さらに、残りの分を冷蔵庫に入れた。そして僕は部屋の片隅に横になり、目を閉じた。
 イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー
目を閉じて二、三分しか経っていない時、割と近くで悲鳴が聞こえた。僕は立ち上がり、刀を握った。そしてすかさず外へ出て、悲鳴の聞こえた方へ向かった。なぜ僕がこの時、共研から出たのかはわからない。自分に身の危険を感じたからであろうか。いや、この時自分は不覚にも思ってしまったのだ。
――あの悲鳴は僕に獲物を知らせる音だ。
僕は現場に着く。夜十時を過ぎた真夜中の出来事だ。良い子はとっくに寝ていなくてはならない時間に僕は何をしているのだろう。いや、僕はもう良い子でもなんでもないからそんな話はよそう。現場には二人の人間がいた。一人は倒れている女でおそらく悲鳴を上げた人間だろう。死んでいる可能性が極めて高い。もう一人は男で、その場に立ち尽くし、血を吸った刀と共にこちらを睨んでいる。年齢は二十代半ばぐらい、これぐらいが赤外線スコープの捉えられる視野の限界だ。果てしない暗闇の中身構える二人、次の瞬間、奴は何かをこちらに投げた。よける暇などない速さでだ。その投げた物は偶然僕の刀に当たり弾かれた。その弾かれた時の音が、とても鋭い金属音だったので、もし僕本体に当たっていたらと思うと、気が滅入ってくる。奴はがっかりしたようなしぐさをして走り出した。
――奴は何を投げた!?
すぐには追えなかった。色々な気持ちの交錯したこともあったが、追ってる時また奴が投げてきたら今度こそやられかねないからだ。奴も僕が追わなかったことにがっかりしただろう。だが漫画の主人公みたいに闇雲には追えない。命の持ち合わせがそれ程大量というわけではないからだ。それに投げてきた物が何かわからなかった。僕は辺りを探し、投げてきた物を発見し、手にとって見た。
――手裏剣だ。
アイテム枠の一つである手裏剣だ。赤外線スコープ以外にも、夜のアドバンテージとなるアイテムがあったとは、驚きだ。夜投げられると何を投げてきたかの判別もままならない。それに間合いの外から投げられることも武器となる。先程確かに奴と相対して集中してはいたが、まだ間合いの外ということもあって油断していた。そんな心の隙間が命取りになるとわかっていながらだ。良き反省材料だ。それにとにかく僕もこうして手裏剣を一つ得たのだ。この手裏剣の再利用性が利点でもあり難点でもある。僕は倒れている女を見た。どう見ても死体です。僕は彼女を共研に招待することを決めた。そして共研で彼女の額に手裏剣が刺さっていることを発見した。もう一つ手裏剣を得て今夜は宴だ、とはしゃいだ。彼女を切り刻み、冷蔵庫に詰め、今度こそ就寝した。
 Sファイト四日目の朝、僕は無性に焼肉が食べたくなった。生のままの人肉も悪くは無い。舌触りなんて絶妙だ。だが今は焼肉が何より僕の腹に幸福感を与えるだろう。僕は外で焼肉を始めた。人肉が焼ける芳ばしい香りがする。だが、どうやら敵も呼んでしまったようだ。草むらをがさがさ歩く音がしたかと思うと、その男は僕の前に現れた。その瞬間斬りかかってきた。当然である。どこかで見たような時代劇みたいに、『死ねい』などと言って斬りかかってきたらどれだけ都合が良いだろうか。僕はその太刀を己の刀で受けて立つことができた。間近で見る敵は、随分若いことに気付かせてくれる。
――二十五、六?
しかし何より僕を驚かせたのは、その太刀の速さだ。実力派なんだな、これが。たったこれだけ渡り合っただけで相手が恐ろしく強敵であることがわかった。僕は振り払い数歩離れる。その時僕の頭をよぎった言葉は、『やればできる』であった。『やればできる』、と特に学校の教師が多用した。しかし、僕はこの言葉に随分昔から違和感を感じていた。なぜだろう? それは簡単、世の中にはいくらやっても無駄なことがあまりにも多すぎるからだ。また、物事が大きくなればなるほど、成功と言うのはたくさんの挫折者から成り立つということがわかったからだ。もし、このSファイトに僕が生き残るとしたら、それはたくさんの屍の上に成り立つことも知っている。だから、『やればできる』確かに素晴らしい言葉だが、それは避妊の大切さを僕らに教える言葉という意味に過ぎない。何の根拠もなしに『やればできる』と言うのは都市伝説に過ぎない。絵空事だ。何かを成し遂げる、成功するというのは必ず、具体的な何かに基づいているんだ。だから今、この強敵を前にして、『本気で戦えば、勝てるかもしれない』なんて甘い考えは捨てるべきだ。勝つ見込みの低い戦いに捧げるほど僕の命は軽くない。
――じゃあ足りない勝率はどうやって埋めるのですか?
足りない分は覚悟で埋める。そのためにやるべきことももう分かっているはずだ。
 男は再び斬りかかってきた。この素早い動きは評価に値する、きっと剣道か何かに日々励んでいたのだろう。だが生き残るのは僕だ。ルール無用の短期決戦であることに気付けるかどうかがSファイト最大のポイントのような気がする。僕は男の太刀を左肩で受けた。左肩に刀が刺さる。痛みが走る、だが男の太刀は一瞬止まる。僕はその瞬間を見過ごさず、男の首を刎ねにかかった。だが、三国志のようにうまく首が切れはしない。むしろ刀は折れてしまった。しかし、男の首に致命傷を負わせることはできたようだ。男は首からの出血、口からの吐血と共に、その場に倒れ、しばらくピクピクしていたかと思うと、息絶えた。僕の肩からの出血も案外ひどい。僕は肩を包帯でぐるぐる巻きにした。こういうことはべっぴんさんのナースにやってもらいたいものだが、そうも言ってはいられないだろう。
 僕はこの名も知らぬ男の死体にも、例の入れたり出したりをしたい願望にとらわれたが、敵との遭遇率の高い屋外ではまずいと思った。本来は屋外の方がたまらんのだが。さて、実はこの人肉を焼く臭いにつられて現れたのはこの男だけではなかったのだ。再び草むらを歩きながら近寄ってくる音が聞こえてくる。僕は不覚にもこう思ってしまった。
――次は脂ぎった肉が食べたい。
逃げもせずにただその場に立ち尽くす僕の思考回路は異常極まりなかった。迫り来る敵を敵と認識せず、新たな食料が接近してくるぐらいにしか捉えていなかったからだ。実際は左肩は負傷し、刀は折れているどうしようもない状態である。
 現れた。なんとそこに現れたのは高橋だった。高橋はひどく弱っているようで、僕は嬉しかった。高橋は言う。
『その人肉を俺に分けてくれないか?』
僕はそう言って近寄ってくる高橋に叫んだ。
『それ以上寄るなよ。その命を投げ出したいなら話は別だが』
弱っている人間というのは、やはり弱弱しい声を発するものだ。高橋は今にも消え去りそうな声を出す。
『Sファイトが始まってから何も口にしてないんだ。でも、他人と殺し合いをすることなんて恐ろしくてできやしない。だから頼む、その肉を分けてくれよ。な、同じクラスの仲間だろう? 助けてくれよぉ』
高橋の発言は突っ込みどころ満載だ。殺しあうことが恐ろしいのに、肉を分けてもらうことは問題ないみたいな発言に僕はどこか違和感を覚える。さらに同じクラスの仲間と言う発言が聞いて呆れる。僕をいじめるだけで仲間意識なんて芽生えるのだろうか。でもまあそんなこと今の極限状態では些細なことだ。今大切なのは、一時の感情に流されて、採るべき最良の道を踏み外すなんてことをしてしまわないことだ。僕の頭は死闘を終えたばかりで今最も冴え渡っていることは間違いない。僕は瞬時に決断した、そして言う。
『じゃあ、こうしよう。お前もこの人肉の貴重さはわかっているだろう? いくら同じクラスの仲間と言ってもそう簡単に受け入れられるものではない。だから物々交換といきたい。まずその右手に握っている刀を置け。そしてお前がアイテム枠で入手したアイテムをすべて俺によこせ。そのときもそれ以上こっちに近づくなよ。後、俺とこれから手を組むことを誓え。そうすれば、お前の望むだけの人肉をあげようじゃないか』
高橋は特に考えもせず、すぐにうなずいた。そして、彼は懐から包帯、覚醒剤、懐中電灯を取り出してこちらへ投げた。僕は言う。
『なぜ覚醒剤を選んだ?』
高橋は答える。
『正気ではやっていられない場面がいずれ訪れると思ったことと、眠ることが許されない場面が来るときのためだ』
なるほど。そこが覚醒剤の長所だな。Sファイトの最初と終盤に役に立つ。また、アイテム枠一つにしてはかなりの量の覚醒剤だ。これは相手を薬漬けにもできる。納得した僕は、先ほど殺したばかりの新鮮な男の死体の右腕を切り落とし、適度に焼いて、高橋の前に投げてやった。高橋はそれに夢中で貪りついた。気がつかなかった、人間が人間を食べる姿がここまで醜かったなんて。まあそんなことはどうでもいいことだ。我々は人肉を食べ続けなければならないのだから。また、生き残るためには見栄えなんて気にしていられないことは五十年前から知っている。
 高橋は、それこそ何十年かぶりに食事をしたかのように、ものすごい勢いで人肉を食べた。僕は彼が欲するかぎりの人肉を与えてやった。そして、満腹になった彼に言った。
『先程言った手を組む話は覚えているだろうな?』
高橋はうなずいた、その満腹感溢れる顔を揺らして。僕は続ける。
『あくまで手を組むのであって仲間になるわけではないからな』
さっきは仲間って言ったんだけどな、そこらへんはだましだまし生きてるわけよ。
『僕は二号館三階を根城にしているが、高橋はどこで寝起きをしているんだ?』
高橋は、二号館四階と答えた。
『それは都合がいいな、あくまで手を組むのであって仲間ではないのだから、当然寝床は別だ(寝首をかかれたくないしな)。夜他プレイヤーを狩りに行く時だけ行動を共にしよう。それ以外の時は自分の身は自分で守れということだ』
高橋は再びうなずく、それ以外にリアクションとれないのか?
 高橋と手を組むことにしてまた新たな問題が生じた。それは、いつ高橋を始末するかだ。長く手を組んでいれば、それだけ裏切られる危険性が増す。だが、これからSファイト中盤戦になっていくにつれ、どうしても群れることは必要になってくると思う。なぜなら、Sファイト一週間ともなれば、動ける人間は皆一度は他人を殺し、その人肉を喰らっていることだろう。その経験は大きい。言い換えれば、皆殺し合いに腹が据わっている猛者であるということだ。それに、既に自分の得た人肉を高橋に分け与えてしまったのだから、その分は活躍してもらいたいものだ。だが、ここで最も見落としてはならないことは、高橋と共にこのSファイトを勝ち残ることは不可能に近いということだ。少し考えればわかることだ。死体一体をうまく食べれば三日もつ。よってこのSファイト三十日を確実に生き残るには一人につき十体の死体が必要だ。これは一人生き残るのも厳しい数字と言える。この大学廃墟における参加者は百二十名だが、三日に一度参加者の半数がもう半分を殺して食べたとしたら、四日目現在この大学廃拠内には六十名の生存者がいることになる。その六十名の中から僕と高橋が生き残るには早急に約三分の一にあたる十八体の死体を入手しなければならないのだ。なぜ早急にかというと、前述した三日に一度半数になっていくとしたら、一ヶ月もたずゼロになり、計算が合わないし、実際はそれ以上人が死んで、その死体が腐っている可能性が高いからだ。それに、日にちが経つにつれ、てだれだけが生き残り、つわもの同士の戦いとなると、よけい死体の入手が困難になると思う。以上の理由から、高橋をいつかは斬らなければならないのだが、そのタイミングが難しい。しばらくは様子見ということにしようと思う。
第八章「血化粧」
 Sファイト四日目、五日目は左肩の治療に充てた。その間、随分保存しておいた人肉を食べた。やはり食べ盛りが二人もいると、消費量もべらぼうだ。当初干物にでもしようと思っていた四日目朝に襲ってきた男の肉も平らげてしまった。食欲旺盛なのは良いことだ。健よかに育っている証拠でもある。ただ、その食べている光景はあまり人様にお見せできるものではないな。この二日間で左肩は大分良くなり、戦闘に支障はなさそうだ。自分の刀は折れてしまったので、死んでしまった先生の刀を拝借することにした。
 Sファイト六日目の夜、僕と高橋は狩りに出かけることにした。僕は先生が装着していた赤外線スコープを高橋に貸し与えた。高橋は知らない、今彼が着けているその赤外線スコープが、昔生徒の憧れと呼ばれていた女が着けていたことを。
 なかなかターゲットが発見できないことに少々焦りを覚える深夜の僕。場合によっては生存者が三十人を切っている可能性がある今の現状で、なかなか敵が見当たらないのは仕方がない。それなのに、焦りを隠しきれないのは若さゆえの過ちなのか? 僕はふいに高橋がどういう表情をしているのか見たくなり右を見た。そっちは壁だ。左を向きなおし、高橋を見ると、結構緊張した面持ちだった。そうだ、こいつまだ人を斬ったことがないんだ。ぜひ敵もまだそうであってほしいものだ。まだ人を斬ったことがない人間ならば、斬るとき一瞬迷いが生じる。おそらくそれが突破口。六日目現在で、それはないと思うが。
 僕らは結構歩き回った。そうおなかいっぱいになるくらい歩いた。そしてある建物の脇を通ったとき、僕らは驚いた。
――ピアノの音色が聞こえる。
そうそれはありがちな幻聴などではなかった。確かにピアノの音色だ。前方の建物から音が漏れている。そのピアノの音色は心地よい。すさんだ心を癒してくれる。完全に癒されることはないくらい汚れた心をだ。僕はよくクラシックを聞く。クラシックを聞いていると色とりどりのお花畑が広がっているような開放感に浸れり、夢中になれるからだ。当然、今誰かが弾いている曲も、悲愴ソナタであることがわかる。間違いない、昔どこかの忘年会会場で流れていた気がする。僕はその音色の源へ行ってみようという気になり、高橋を手招きした。その建物の入り口には、『音楽棟』と書かれてあった。当然だ。僕は音楽棟以外から音楽が流れてきてほしくないと思う。悲愴ソナタは、音楽棟を入った正面の、電気がついている『第四演習室』から聞こえてくるようだ。僕は赤外線スコープをはずし、第四演習室のドアを力強く開けた。割かし広いスペースの奥にピアノがあり、そこで一人の女がピアノを弾いていた。色白で長髪の女神のように美しい女だった。僕はなんてかわいらしいんだろうと思い、同時に殺意が芽生えてきた。なぜなら、こんなに良い女を食べられたらなんて素敵なんでしょうと思ったからだ。ただ、そのしなやかなる両腕ぐらいは切り落としてとっておいてもよいかと思った。素晴らしい演奏だ。ただ、一つ気になるのはそれを弾いている彼女のその美しい顔や手には無数の返り血がかかっていることだ。僕は数歩歩み寄っていると、入り口のドアの閉まる音がした。高橋が入ってきたと思ったら違った。入ってきたのは刀を持った修道女だった。そして彼女にも無数の返り血が顔や衣服に付着している。差し詰め『血化粧』と言ったところだ。何よりその修道女は首の無い高橋をその右腕に抱いている。修道女は高橋を地べたに投げ捨て、刀を両手で持ち言う。
『お仲間さんが殺されてショックでしょう?』
僕は答える。
『いや、殺す手間が省けたよ』
事実本当なんだからな。ピアノを弾いていた女も今は弾くのを止め、刀を握り締め、少しずつこちらに接近してきている。高橋を殺されたのも、ショックじゃないと言えば嘘になってしまう。だが、今はこの二対一という苦境をどうやって脱出しようかということで頭がいっぱいだ。僕は緊張した面持ちで修道女に向かって言った。
『神に仕える人間が殺生を行ってもよろしいのですか?』
修道女はしばし考えたようなふりをして言った。
『こんな地獄の底に神はいるのかい? いたとしても神より私の命の方が極めて尊いからねぇ。愚問だよ』
ピアノを弾いていた美しい女は言う。
『御託はそこまでにしときな。とっとと済ませるよ』
挟み撃ちの状況を打破する必要がある。僕は手裏剣を取り出し、斬りかかってくる修道女に向けて投げた。手裏剣は修道女の腹に当たり、修道女は痛みでひるんだ。そして、僕はその隙にピアニストと決着をつけようと思った。僕はピアニストに斬りかかる。ピアニストはそれを刀で受けたので、甲高い金属音が鳴り響いた。ピアニストは思った。
――負けられない、家には幼い弟と病気の母親が私の帰りを待っているのだから。亡くなった父に変わり、私が一家の精神面でも金銭面でも大黒柱にならなくてはいけない。そのためには、あと三週間どんな屈辱に耐えてでも生き残らなければならない。
ピアニストは首だけになってもそう思い続けたことだろう。一瞬だった。僕が力任せに刀を刀で払いのけ、ピアニストの手が瞬間的に痺れたそのときを見逃さず、一気にピアニストの首を刎ねた。その間、修道女にはもう一つの手裏剣を投げひるませておいた。僕は転がるピアニストの首を蹴飛ばし、満足げに修道女の方を向いて言った。
『さあ、さくさくいこうか』
これが今日の僕のファインプレーだろう。修道女はひどく動揺したような顔をして、声を上げて僕に斬りかかってきた。何より危険なんだ、冷静さを見失ってしまうことは。それにしてもこの修道女は結構強い。ここに連れてこられる前普段何をしていたのか小一時間コーヒーを飲みながらでも雑談したくもなる。だが今は首がほしいぃ。何がこの修道女の強いところかと言うと、刀の振りがむやみやたらじゃないことだ。さっきのピアノを弾く女とは大違いだ。どこかピアノを弾く女は、ピアノを弾くような繊細な心と腕の持ち主で、刀を握る姿は不恰好に見えた。しかしながら、この修道女は違う。恐ろしいほど刀が似合っている。こういう奴の死肉がまたうまいんだ。戦闘の真っ最中だというのによだれが止まることを知らない。親愛なるお父さん、お母さん、あなた方の息子がこれほどまでに猟奇的で申し訳ありません。しかし、あなた方の遺伝子の一つの到達点がこれなんです。
 しばらくの戦い、なかなか決着がつかなかった。しばし距離を置き、見詰め合う二人、これが刀を交えていなければどれほどにロマンチックだろうか。僕は気づいた。想像以上にこの修道女の息が切れていることを。修道女なのにタバコの吸いすぎ? いや違う、下腹部の出血が思いのほか多いことに僕は気がついた。意外に手裏剣でのダメージが大きかったのだ。これはすぐにでも止血の必要があるのだろう。先ほどから感じていた、どこかこの修道女が焦っていると感じるのは、ここから生じていたのか。僕に自信が満ち溢れる。僕は言う。
『その腹から出ている血、吸い付きたくなるね』
修道女は軽く狼狽した。
――今を逃すでない!
僕は修道女に刀を投げつけた。修道女は驚き、刀を弾くのに心を奪われた。僕はその隙に猛烈に接近し、脇差でもって修道女の出血している下腹部を突き刺した。僕は修道女を刺すと、すぐに離れ、ピアニストの女の刀を手に取り身構えたが、その時にはもう決着はついていた。修道女は前かがみに倒れこみ、その体からはおびただしい量の出血があった。僕はこの修道女はもう助からないな、と思うと死にゆく修道女をじっと観察したい衝動にかられた。修道女はうわ言のように、
『死にたくない、ああ、神様、ああ、神様、お助けください……』
を繰り返した。だが神は助けてはくれなかった。神が側にいるならば、なんとかしてやればいいのに。結局、彼女に付いて回っていたのは死神だけだったようだ。修道女の死にゆく姿もまた美しい。咲き乱れる花なんて目じゃない。修道女は十分後、帰らぬ人となった。僕は手裏剣や刀を回収すると、第四演習室の電気を消し、赤外線スコープを装着した。そして、何度か往復して三体の遺体を共研に運んだ。
 一度にかなりの量の食料が入手できたことを喜ばしく思う。僕は三体分の死体を処理して冷蔵庫に貯蔵すると、寝ることにした。今日からは寝袋で寝られることを神に感謝したい。おそらく修道女の方のアイテムで、寝袋を入手できたからだ(他には赤外線スコープを持っていた)。また、ピアノを弾く女からは、手裏剣・包帯・懐中電灯を入手した。僕はなぜピアノを弾く女が手裏剣を投げてこなかったか気になったが、それは僕と修道女が直線状に並んでいて投げられなかったのだろうと思い、納得した。ピアノを弾く女はどこかそういう甘さを持っていそうだったからだ。
第九章「絵空事」
 Sファイト一週間が経過する七日目はひどい豪雨だった。僕は一日共研で過ごし、飯はこのような時のために貯蔵しておいた薪でもって窓際で焼肉をした。どのプレイヤーも、この雨を静観しているようで、物音一つ聞こえなかった。雨の音が悲鳴をかき消しただけなのかもしれないが。
 八日目になっても雨は止まなかった。僕は食料がたんまりあるから問題ないが、食料の備蓄の無いプレイヤーは雨の中でもぶらつくだろうと思い、僕はある程度の心構えをしていたが、敵はさっぱり現れなかった。予想以上に生存者は少ないのか? それはそれで捕食者としては良くないが。僕は腹筋や腕立て、刀の素振りをして一日を過ごした。
 九日目にして素晴らしい晴天に恵まれた。この澄み切った青空を見ても、特別心が晴れやかになるようなことはない。それに、この日も敵と遭遇することはなかった。もし日記をつけていたとしたら、全く書くことが無い。
 十日目になった。この大学廃墟内の生存者はおそらく二十名を切っているだろう。ここからはより厳しい戦いになることは諸君らも覚えていてもらいたい。特に、もう赤外線スコープによる夜のアドバンテージはないと思わなければならないだろう。ここまでくるとどのプレイヤーも殺したプレイヤーのアイテムを奪い、ほぼアイテムをコンプリートしていることだろう。僕が生き残るためにはあと最低三、四人の生贄が必要だ。僕は比較的人肉の入手がスムーズに行えてた方だから、他のプレイヤーはより焦っているのではないかと推測できる。僕は共研の窓から晴れ渡る空と風景を見ていた。なぜだか知らないが、最近どこか血に飢えている気がする。人間としてややどうかと思う。僕は迷える子羊だ。誰かに手を差し伸べてもらわないと永久に救われることはない。僕はすべての脊椎動物の中で最もか弱く美しい。もう周りも気づいても良い頃だ。どこで道を誤ってしまったのだろう? その元凶が僕の目の前を通っていることに気づいた。視線を落とすと、そこには三男が辺りを気にしながら歩いている。

☆おしゃらい☆
僕の家の隣が火事になった。その家の三男がなぜかその火事を僕のせいだと逆恨みし、僕の家に火を放ち、僕の家は全焼し、僕以外の家族は逃げ遅れ死亡。僕は叔母夫婦に引き取られたが、叔母夫婦は僕を厄介に思い、Sファイトを主催する闇の団体に僕を引き取らせたと僕は思う。そして、僕はここに連れてこられ、殺し合いをしている今に至る。

僕は三男を見たとき驚いた。とっくに僕の中では思い出の人になっていたからだ。そういう人もいたね、みたいな。生きていたのか! そうするとだんだん新たな感情が湧き出てくる。吐き気を催すような憎悪! 憎悪につぐ憎悪。あの火事の熱さ、飛び降りたときの痛み、忘れもしなかった。僕はすかさず懐から三つの手裏剣を取り出すと、三階からにも関わらず放り投げた。その手裏剣は見事三つ中二つが三男に当たった。これこそ憎悪の成せる業だ。一つは背中に当たり、一つは足の付け根に当たり、三男はその場にうずくまった。僕は外に急いで出た。そして、三男がいる場所にたどり着くと、さっきからさほど動いていない三男がそこにはいた。三男は振り向き、恐怖におびえた顔をこちらに向けた。まったく真昼間からよくそんな醜い顔を拝ませてくれるぜ。手裏剣が当たった場所からは見事に出血していた。僕は喜びに打ち震えた。なんてこんなに他人が怯える顔は見てて心地よいのだろう。誕生日プレゼントには何もいらない。その引きつった顔さえ見せてくれれば。僕は刀を振り上げながら、少しずつ近寄る。三男は立ち上がることさえできない。三男は叫ぶ。
『わ、悪かった。お前の家にひ、火をつけたのは謝るよ。な、アイテムもやるからここは見逃してくれよな。こちらが手負いとはいえ殺し合いをしてただで済むとは思ってないだろ?』
僕は静かな口調で言う。
『悪かっただって? いやいやお前は何にも悪くないよ。悪かったのはお前の頭さ』
必死で命乞いをする三男。見ててたまらない。病み付きになりそうだ。一度やったらやめられなくなるいけないお注射のようだ。僕は一気に接近し、その力ない三男の刀を振り払い、三男の胴体を斬りつけた。その切り口からは血液が吹き出て、マグマを連想させた。後で気がついた。あのとき三男は僕に殺さないでほしかったことを。それはあまりに遅すぎた気づきであったのだけれど。まあ、僕はどっちにしろ躊躇無く三男を殺していたことだけは間違いない。今僕らは一度上ったら誰も降りられない土俵の上に上がらされているんだ。命乞いなど聞き入れられるわけないだろう? ドロップアウトが容易に出来たら誰も苦労しない。死ぬことをこの戦いからのドロップアウトだと考えられれば、話は大分変わってくるが。繰り返すが誰もが死ぬまで自分をやめられないんだ。
 三男はしばらくすると息絶えた。それを確認すると、手裏剣を回収し、三男の死体を共研に運んだ。三男が新鮮なうちに食べようと僕は思った。乾燥させて干物にした死体もある。そこらへんの死体さばきもお手の物になっていた。僕は三男を始末したことでとても心が高揚した。自分をひどい目にあわせた人間は何人たりとも許してはおけない。僕は今この世界における強者になったのだから。などと幻想を抱いたことも昔から何度もあった。だがそれは完全なまやかしだった。今はどうだろう? すでにこの手の犠牲になった人間は六人、取得した死体は八人、僕はもう絶対的な強者になれたのだろうか? 答えはみんなの心の中に……、なんて曖昧な答えはよしてほしい。強者となった明確な証拠がほしい。
ん? ……。なぜ今僕はこんな発想に陥ってしまっているのだろう? 生き残ることが第一目標なはずなのに。おかしい、ここんところ人肉しか食べていないことが、僕の発想をも野蛮にしてしまっているのだろうか?
 Sファイト十五日目、折り返し地点、この折り返し地点を迎えた人間は限りなく少ない。選ばれし者だ。ここ五日間ほど全く動きがない。もう僕以外誰も生存者がいないのではないかと思ってしまうほどだ。だがまだ居るはず、たとえば三日目の夜対峙した手裏剣野郎、まだ生きているのだろうか? また、地下駐車場の段階から既に血走った目をしていた連中にもまだお会いしていない。
第十章「腐肉食」
 僕だけ異質だった。クラスに溶け込むことが至難の業だった。先生に尋ねた。
『先生、友達の作り方忘れてしまったんですけど』
僕のせいでいつまでも決まらなかった修学旅行のグループ決め。僕だけ皆と違うと思った。物の考え方、動作、なぜか他人と相容れなかった。なぜだろう? 人類の進化の過程の中で、僕という奇異な存在がなぜ生まれたのだろうか。わからない、わからないけど、今、その他人との異質さは花開いた。だって、ここまで楽しんで人肉を食べられる奴は、この宇宙であまり見かけない。鏡がなくてよかった。鏡に映し出された今の自分の姿はひどく醜いものだと察しがつく。今日も僕はもはや目的が変わり始めたこのSファイトに勝ち残るため外を歩いていた。
『にゃあ』
んんんんん? 今どこかから動物の鳴き声が聞こえた気がする。それは講堂前でのことだった。猫だ。猫ちゃんだ。この大学廃墟には猫ちゃんがいるのか。随分人間慣れした猫だった。まるでここに大学があったとき、誰かに弁当の一部でも分け与えられていたみたいだ。僕は刺した。猫ちゃんは悲鳴を上げて僕の食料に成り変った。
――人間以外が食べられる。
僕は喜びを隠しきれなかった。正直、三食人肉は飽きていた。三日に一回ぐらいなら問題無いけど。それ以降他の猫は近寄ってこなくなった。賢明な判断だ。
 僕は日本人としては珍しく猫を食べたことがない。よって調理法もわかったもんじゃない。だから、思うがままに食べてみた。これが猫の味か、一度食べたらやめられない、ってわけではない。僕はとにかく猫で腹が満たせてよかったと思う。食べると眠くなってくる。これは動物の習性だ、誰もあがなえない。僕は合研に戻り、すかさず横になった。一日中横になっていた。まるで普段忙しいサラリーマンの休日のようだ。
 Sファイト十七日目、僕はあることを危惧していた。
――ここ一週間人を殺していない。
僕は人を殺すことにブランクが開いてしまうことを恐れた。ただ誤解してほしくないのは僕だって、殺しあわないことが何よりと思っていることだ。それは、世界中の道徳を心得る人間と同意見だ。だが、今の僕はいずれは再び殺しあわなければいけない境遇にある。なぜなら今貯蔵している人肉は、上手に食べても二十四日目にはなくなるからだ。だから、今は何より戦いのブランクを恐れなければならない。柔軟・補強運動や刀の素振りもやってはいるが、実戦感覚というのはそう簡単に培えるものではない。
 僕は外に出て、血なまぐさい危うい空間を歩いていた。まぶしい太陽の光とは対照的に僕はこんなにも邪で汚らしい。僕は見通しのよいベンチに腰掛け、他に何もすることがない人間と同じ行動をとった。どれくらい時間が過ぎたことだろうか。僕はお腹が空いたので、合研に戻りお昼ご飯にしようと思ったり思わなかったりしたりしなかったりしていた。僕は相変わらずベンチに座り、プロゴルファーの宮里藍が爆弾岩に似ているかどうか、ただそれだけを考える生物になっていた。だがしばらくすると、独りでは答えを出すのが困難な問題であることに気が付いた。余計誰かが通りかかってほしいと思った。すると東南の方角から一人の漢が接近してくるのが見えた。僕は思わずニヤリとした。僕は何がそこまで嬉しかったのかわからなかったが笑いとばした。接近してくる男は手裏剣野郎であることがわかった。あの三日目夜に僕に手裏剣を投げてきた男だ。あの時はわからなかったが、若々しい。年頃の男だ。ぜひ死体になったところを見てみたいものだ。僕は年頃の男にも目がないんだ。なんて言うか、確かに性欲っていうのも少し感じるけど、それ以上の男の魅力? というのに時に打ちのめされるんだ。それはゲイとかバイセクシャルとか俗世間じみたものではもはやないよ。究極の精神的欲求を満たしてくれるものさ。まあそれも僕の狂った精神のなせる技でもあるんだけどさ。
『何がそんなに嬉しいんだ?』
手裏剣野郎は言った、その口ももうすぐ言葉を発するものではなくなるのだろうな。僕は手裏剣野郎がしゃべれるうちに聞いておかねばならないことがあることを思い出した。
『なあ、ゴルフの宮里藍って爆弾岩に似てないか? あのドラクエでお馴染みのさあ』
手裏剣野郎は最初何を聞かれているかわからない様子だった。それぐらい突拍子もないことを聞かれたのだろうことが伺える。そもそもこれから殺し合う相手と交わす会話ではないよな。手裏剣野郎はしばらくして答えた。
『似てないよ。そもそも足の数も違うし』
全くその通りなんだな、じゃあ僕がここ数時間考えていたことは何だったのか。僕は刀を振り上げた。それを見て手裏剣野郎も刀を振り上げた。しばらく沈黙が挟まった。僕は手裏剣野郎がここまで生き残ってきた人間だから、かなりの強敵なのであろうという考えには至らなかった。ただただ、この男の体を求めていた。食した時の食感を想像しよだれが垂れていた。人は誰もがこうなのだろうか? こうやって人は大人になっていくのだろうか? 疑問は絶えない。宮里藍が爆弾岩に似ているかどうかの結論も先送りだ。先送りと言うと日本の政治を連想する。だから何だって話になるが、とっくに僕の精神は崩壊していた。立派に人格破綻者の仲間入りだ。そっとしておいてくれれば、いつの日か社会と同化できたであろうに、殺し合いが僕にむせび泣く人間を見ることの喜びを教えてしまった。
 僕は斬りかかった。その一刀に自分の命を懸けていることが念頭からはずれていた。当事者意識が恐ろしいほど欠如していた。相手は大げさによけた。僕はその相手の必死さに笑えた。相手の刀が僕の左腕をかすった。血が出た。久しぶりに拝んだ血液に僕は興奮した。自分の左腕から沸き起こる血を僕はすすりたかった。僕の刀が相手の右腕をかすった。同じくそこからも血が沸き起こった。どっちを取ろうか? もし仮に僕と手裏剣野郎のうちかたっぽの血液しか吸えないとしたら。恋人どうしが血をすすりあっている姿はなんて素敵だろうかという考えが浮かんだ。微笑ましい。
 お互い決定的ダメージを与えられないままかすり傷だけが増えていった。僕は技術的に攻めきれずにいて、手裏剣野郎はというと……明らかに死を恐れている……死を恐れていると、思い切った踏み込みができない。この男はいざ戦いの場面になっても人格者でい続けている。いままでよっぽど安全な戦いしかしてこなかったのだろう。そして、食料が尽きて仕方なく危険な決闘になってしまったのだろう。実力はあるのにもったいない。
 僕は二歩後退した。手裏剣野郎も一歩後退した。おしゃべりの時間だ。僕は手裏剣野郎に尋ねた。
『お前さん、いままで何人殺して食べてきた?』
 手裏剣野郎は顔を強張らせながら答える。何もそんなに張り詰めなくても良いのに。おしゃべりの時間なんだからさ。せっかくのいい男が台無しである。
『三人……』
 やはり、この男殺しの経験が少ない。それはそれで良いのだが、気になることがある。
『三人? 三人分の人肉じゃ明らかに足りないだろう? それなのに今お前はそれなりに元気そうじゃないか。どうやって今の今まで生き延びてきたのか?』
 手裏剣野郎は別にお前の知ったことじゃないと思ったのだろうが答えてくれた。
『他の強力なプレイヤーが殺して食べた人間の食べ残しを拾い上げて食べた。貯蔵方法の確保ができないプレイヤーは、必要以上の人肉は放置すると思っていたからな。それに、俺は生き残るためだったら内臓から脳みそに至るまで何でも食べた。そして、命の危険に関わる手に汗握る戦闘はできるだけ避けた。殺した三人は一方的に狩れる人間だった』
 少し前の話をしよう。今から170万年前、この頃の地球では、人類の一種と言えるホモ・エルガステル(アーガスター)が現れていた。彼らは狩猟の他に、巨大動物が狩って食べ残した獲物を食料としていた。この行為を腐肉食と呼ぶ。これはハイエナなどを連想し、生々しく感じ、軽蔑してしまうかもしれないが、立派な生きる手段だし、当時ホモ・エルガステルが存在していた南アフリカには、この腐肉食を行っていた生物は数多く生息していたのだ。その腐肉食という習慣が時を経て21世紀の人類にも受け継がれていたことは非常に感銘を覚える。                            
第十一章「僥倖」
 自分から話し掛けておいて大変恐縮だがおしゃべりはここまでだ。今この場所というのは、人間と人間のコミュニケーションの場などでは断じてなく、単なる殺し合い……いや殺し合いと言ってもまだ文明的に感じて語弊がある。単なる捕食だ。いつしか僕らは文明社会の波に飲み込まれ、自然というものと切り離されて暮らしている。本物の自然に僕らが出会うには、しばらくマイカーを郊外に向けて走らせなければならない。だが、これまたいつの間にか僕は自然に帰っている。まるでそれが人の習性、定めであるかのように。今僕が向き合っている男は、共に談笑したりする相手ではない。単なる獲物。文明社会における人間と人間の関係を明らかに逸脱している。刀や服を着ているから実感がないが、これこそ野生に帰っている。
 両者動かない。手裏剣野郎の目つきは既に獲物を狙う野鳥の眼差しだ。おそらく僕の両目も大差ないだろう。
『俺が生き長らえる……』
手裏剣野郎はポツリと言った。まるで自分に言い聞かせるかのように。無理な事をよく言う男だ。お前の運命は二号館三階の僕の食肉処理場で食べやすい大きさに加工されるという一本道を直進しているに過ぎない。だが、褒めてやる。お前はなかなかの実力者だった。僕にはそれが許せない。本来は誰も僕の命を脅かしてはならないのに、手裏剣野郎は二度も僕の命を苦境に立たせた。だから、この手裏剣野郎は死体になっても辱めたい。僕の下半身がうずいて仕方がない。
 僕は斬りかかった。手裏剣野郎は僕の太刀を刀で受けた。次の瞬間、僕は全知全能なる神に感謝した。手裏剣野郎の刀が折れたのだ。手裏剣野郎は0、1秒にも満たない時間硬直し、動揺した。僕はその瞬間を見逃さなかった。僕はまるでハムかなんかをスライスするように、一気に手裏剣野郎の腹をかっさばいた。この瞬間がたまらない。癖になりそうだ、いやもう既になっている。手裏剣野郎はその場にひざまずいた。辺りは手裏剣野郎の血で染まった。できればその血は僕が吸う血なのだからあまり流さないでほしかったが、無理な注文だった。
 僕はこの手裏剣野郎を殺した時思ったことがある。つくづく僕は無産階級に属する人間だということだ。昔の武士のような何も生まず、ただやることといったら斬りあうことだけ。ひどく無意味に生きている。だが、またも神は僕を生き残らせた。相手の刀が折れてくれるなんて素晴らしい幸運だ。最近運勢なんて考えることすらおこがましい状況が続いていただけに、ここぞというところで幸運によって救われたことに喜びを禁じえない。
生き残る希望が見えてきた。現在九人分の死体を入手し、二十七日目までの食料の見通しはついた。あとの三日間は食べなくてもなんとか平気だろう。Sファイトは二十日目に差し掛かった。僕以外で生存しているプレイヤーはいるのだろうか? いたとしても、そのプレイヤーの保持している食料に余裕があるならば、戦闘は避けたいと思う。僕が無意味な争いを嫌う平和主義者だからだ。だが、戦闘は避けられないと思い行動するに限る。それは、僕があまりに猟奇的であると共に、そういう心がけが戦場において大切なことに気づいているからだ。
Sファイト二十三日目、あと一週間だ。僕はまだ僕以外に生存者がいることに気が付いた。昨晩確かに人の足音が聞こえた。幻聴なんかじゃない。ただお互いにお互いを認識できなかっただけだ。僕はこれであることに気づく。少なくとも敵を探している人間が一人はいることを。敵を探していなければ、夜中にわざわざ廊下を徘徊する必要もない。トイレに起きたなんて間抜けな理由はごめんこうむりたい。食べ物に困っているのか、それとも圧倒的な自信にまみれて行動しているのかわからない。僕が見つかるまで戦闘はよそう。
Sファイト二十四日目、晴天なり。『太陽があまりに眩しかったから』という理由で人も殺せそうだ。僕は孤独に耐え切れずに、幻想の友達を作り出し、そいつと会話していた。
『どうよ最近』
『ん、まあまあ』
……。だめだ幻想の人間とすら会話が続かない。僕はいつだって孤独だった。家の中にいても、学校にいても、雑踏にまみれていても。だが、今は他人の流す血がその心の傷を癒してくれよう。他人を殺めているとそれはそれは不思議な充実感に満たされるんだ。それはおそらく動物的本能と僕の単なる狂気が交じり合った結果作り出されたものだろう。
第十二章「女神系譜」
 こないだジェローム神父という本を読んだ。陵辱、虐待、食人と見ていて気持ち悪くなった。だが、今ふと立ち止まると感じることがある。今自分がしていることはジェローム神父と大差ないということと、その本が千八百円もして高かったということだ。それともあと数日でおさらばだろうか。Sファイト二十七日目、ついに食料の貯蔵が底をついた。あとの三日はただうずくまって耐えるのみ。廊下ではよく足音がした。
 この時はもう誰とも戦うつもりはなかった。だが前にも言ったようにとっくに僕の精神はいかれていた。この僕の異常な精神状態が再び僕を戦いに誘おうとしていた。
 そう僕は外を見ていたんだ。隠れるわけでもなく、誰かを探すというわけでもなく、ただ呆然と外を眺めていたんだ。そしてついに認識してしまった。ラスボスを。外を歩くラスボスを。ラスボスはまだ三階から見下ろす僕を認識してはいないようだった。だからやり過ごすこともできた。僕はラスボスを認識しても戦意は高ぶらなかった。僕がラスボスについて抱いた感想と言えば、とても美しいということだけだ。刀を持ち、歩く彼女はそれはそれは美しく、思わずぶつかって本などを落として、『すいません……』と言いながら拾ったときに手が触れ合い、『あっ……』とお互い紅く頬を染め合いたくなる。そんな漫画のような展開を想像させてしまうほどの美人で、ラスボスには似つかわしくないと言ってしまえばそうなる。
 僕はラスボスを見た瞬間刀を持って走り出していた。この時はラスボスに声をかけてしまえば戦闘になってしまうなんて考えが完全に頭から消えていた。僕はこの美しいラスボスとお話したくなったのだ。それはなぜか? 話は僕が中学一年の時にまで遡る。僕は中一の頃憧れていた先輩がいた。その先輩は比較的近所に住んでいたが、僕の存在する底辺とはかけ離れた聖地に存在していることにある日気がついた。その先輩は美しく、彼女が走り高跳びをするのを見た時、僕は天使には羽が無かったことを悟った。そして現在、僕は今その先輩とラスボスとを重ね合わせて見ていた。僕が外に出てラスボスに近付くと、ラスボスも気がついてこっちを見た。美しい。実に美しい。黒々とした髪、色白の肌、ほっそりとした顔立ち。日本はいつからカースト制が生まれたのだろう? 僕は生まれた時から羽をもぎ取られた虫けらの身分に過ぎなかった。天使なんて憧れることしか許されなかった。それが今自分の目の前にいる。この広い空間にたった二人。現代版アダムとイブ。僕はラスボスに語りかける。
『貴方がラスボスですか?』
 ラスボスは笑みを浮かべ答えた。その微笑みは女神そのものだった。
『そのようだね。貴方は私を殺さないと明日は来ないからね。でも私こう見えても剣道の有段者だから、気をつけた方がいいよ』
『なぜ、なぜ天使である貴方が剣道などという俗世間の言葉を持ち出すのかわからない』
 ラスボスは僕が何を言っているのかわからないようだったが、構わず僕は続けた。
『君はわかってない、何もわかっちゃいないんだ。君の一つの言動が憐れな民にどれだけ多大な影響を与えているかということを』
『しゃべりに来たんじゃないんだろう?』
 ラスボスはそう言って刀を振り上げた。
『違うね、しゃべりに来たのさ。君は考えてみたことがあるかい? この世の成り立ちについて、この世の不条理について。天使である君は雲間から町並みを眺めるだけで地を這う虫けらの生涯なんて一度だって考えたことなどないのだろう? 僕は何も救ってくれとかそういう話をしているわけではないのだよ。いいかい……』
 ラスボスが僕の話を遮って斬りかかってきた。
『な、何を……』
 僕は反射的によけた。我ながら素晴らしい反射神経をしていると思うよ。ラスボスがなぜか僕を殺そうとしてきている。なぜだろう? 殺し合おうと言っていないのにどうしてだろう? そしてさすがは剣道有段者、手裏剣野郎の太刀の何倍も速い。そう何度もよけられるものでもない。自分の命は何物よりも替えがたい。たとえそれが天使を殺めることになっても守り通したい。僕の戦意は高ぶった。そして冷静に勝つ手段を考えた。歴然とした実力差を埋めるのに講じるべき手段を導き出した。しかし、それにはやはり覚悟がいる。僕の顔面には物凄い量の汗がにじみ出ていた。
 ラスボスが斬りかかってきた。僕は動こうとしない。
『なぜ避けようとしない!!!!!!!!!!!』
 そのまま僕の左腕は切り落とされた。しかし、それより一瞬早くラスボスの腹が開腸され、辺りは血に染まった。ラスボスの腹からは臓器が見え隠れし、僕にラスボスはもう助からないことを教えたとともに、激しい憤りを覚えさせた。
『なぜ天使から赤い血が噴出するんだ? もしかして、だ、騙されていたのか? その赤い血は僕と同じ虫けらの血じゃないか? どういうことだい? 説明するべきだと思うよ』
 ラスボスは何も答えなかった。ラスボスはただ、
『お母さん……』
 という言葉だけを繰り返し言っていた。僕は説明責任も果たさないそんなラスボスを怒りに身を任せ切りきざみ、気が済んだら唾をはきかけ、その場を跡にした。
最終章「ちぎれた左腕の代償」
 Sファイト三十日目、午後十一時五十九分、そして――
『ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリィィィィィィィィィィィィィ――』
 けたたましいサイレンがSファイトの終了を告げた。生き残った。わーい、わーい。ラスボスに斬られた左腕からの出血が激しくて一時はどうなるかと思ったが、包帯のグルグル巻きで何とか対処した。戦場に多数の黒服が進入してきて、僕は感傷に浸る間もなく捕獲された。右腕一本ではどうにも抵抗しようがないが、元から抵抗する気などなかった。
 ラスボスとは生存者決定戦みたいな感じだったから、つい生存者は僕一人かと思っていたが、そうではなかった。僕以外にも二人も生存者がいたのだ。二人ともひどく衰弱していたが、僕を見てニコリと微笑んだ。
 僕らは一ヶ月前と同様に黒塗りのベンツに収容されると、目隠しをされ、しばらくすると、クロロホルムを吸わされた。朦朧とする意識の中で、なんとなくもう二度と目覚めないのではないかと思い、コンクリ詰めの自分を想像したりした。
 次に目覚めたのは病院のベットの上だった。病院食とはいえ、人肉以外の食物を食べることができたことに感動を覚えた。たっぷりとした休息、義手の具合も良く、一週間後、僕は黒服に家まで送り届けられた。叔母夫婦は驚いた顔で僕を見た。もうさすがに僕に手は出さないだろう。叔母夫婦の家の台所はシステムキッチンになっていた。
 僕は次の日から早速高校に行った。高校では僕がなぜ一ヶ月も高校に来なかったのかと失われた左腕についての話で持ちきりだった。まさか数少ない殺し合いの生存者とは誰が想像するだろう? 隣の席の奴などがしきりに尋ねてきた。
『ねぇ、町田ぁ、この一ヶ月間何してたの? そろそろ教えてよ』
『んん、ニートしてた』
 嘘は言ってないよな。勉強も、仕事も、職業訓練もしないで殺し合いをしていたのだから。
『高橋の奴もここ一ヶ月来てないんだけど、町田知らない?』
『知らないよ。僕が知るわけないじゃん』
『んじゃあその左腕は?』
『ちぎれた』
 皆笑った。そう、この左腕の代償に僕は平穏な日常を取り戻したのだ。明らかに剣の腕ではラスボスの方が優れていた。だから僕はラスボスに、えっ? って思わせる必要があった。覚悟は実力差を埋めた。
 ああ……、この何でもない日常こそが最も貴重で大切なものだったのだ。高橋も、先輩も二度と享受することがない。憐れとしか言いようがない。ククッ。
 ガーッ、先生が入ってくる。特別何とも思っていなかった先生も懐かしく感じる。ただいま、名前も決まっていない先生。
『おはよう。よーしそれでは今日も出席を取る、新井』
『はいっ』
『石川』
『はいっ』
……。……。……。
『町田』
『はいっ、お久しぶりです』
 一ヶ月ぶりの来校にも先生は無反応だ。
『松田』
『はいっ』
『三木』
『はいっ』
『ああっ、三木は放課後校長室に来るように』 

(注1) ジャンプという漫画雑誌の連載漫画の一つで、明治時代の剣士が主役。
スタッフロール
作者 果たされぬ口約束
挿絵 果たされぬ口約束
編集 果たされぬ口約束
スポンサー 果たされぬフィナンシャルグループ株式会社
協力 宮城教育大学文芸部

あとがき
 ここまで読んでくれて愛してる。学校と人身売買組織が繋がっているという設定の話です。主人公は叔母夫婦に売り飛ばされたと勘違いしてますが、叔母夫婦は実はそんなに悪い人間ではなく、実は学校が運用資金の確保のために身寄りのない子供を人身売買組織に紹介しているという裏設定もあります。貴方の学校の不登校とされている方々ももしかして……ってそんな話です。
 





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