さとの嫌〜な体験
「え?肝試しっすか?」
さとが菅の住んでいるアパートに遊びに来た帰りのことだった。さとのはっと思い出し
たような提案に菅は少し驚き、さとの顔を見た。さとを照らす蛍光灯とは反対に少し曇ら
せた表情が菅の目に写った。
「うん、今度の休みにみんなと行くんだけど、菅くんも来てくれないかと思って…。」
さとは菅を少し危険なことに巻き込もうとしている罪悪感からか、目をそらしがちに
つげた。
「すいません。その日は前から楽しみにしてたメイドさんのゲームがでるから行けない
んすよ。」
「そうなんだ…。メイドのゲームじゃ仕方ないね。そのゲーム今度貸してね。」
さとはそう言って、菅のアパートの鉄製である重い扉を閉めようとした。
「ちょっと待ってほしいッス!このお守りを俺や、さとくんが今まで倒してきた強敵たち
だと思って持っていってほしいッス!」
菅はポケットの中から赤い生地に金色の糸で「交通安全」と刺繍されているお守りをさ
とに手渡した。
「あ、ありがとう。」
木が生茂り、うねりくねった山道を1台の自動車がライトで闇を掻き分けていくように
進んでいく。自動車の中には、4人の学生、今回の肝試しに参加する、川島、田岡、治、
そして、さとが乗っている。さとは、その自動車の中からやや細くつりあがった目で闇を
見つめながらこの前の菅とのやりとりを想い返していた。
「はぁ〜。」
「どうした、さと?気の重そうなため息なんかついて。これから肝試しに行こうとしてる
のに、テンション低いぞ!」
田岡が缶ビールを片手に持ちながら、バックミラー越しにさとを見ていた。田岡の丸メ
ガネがキラリと照り返す。
「うるさいなー。ほっといてくれよ!そっちこそ、人の心配をする前にビールの飲みすぎ
でたるんできた自分の身体を心配したほうがいいよ!」
「うるせぇよ。」
田岡は少し小声でつぶやいた。
「それにしても、さとは本当にテンションが低いぞ。これから行く所はちまたで評判の無
人の洋館なんだぜ!」
今回の肝試しの発案者である川島がハンドルを動かし、目線は前方に広がる闇をみつめ
ながらやや興奮気味に言った。
「そういや、その評判てのは何なんだ?」
田岡がビールを一口口に含みながら、隣で運転している川島に尋ねた。
「なんだ、これから行くところのやばい評判も知らないのか。」
川島は少し呆れながら、広く開いた胸元をポリポリと引っ掻いた。
「そんなの知ってるのは心霊マニアの川島だけだよ〜。普通、そんな話知ってる人はめっ
たにいないって。」
今回、嫌々付いてきた治がいつものおっとりとした口調でぼそりとつぶやいた。
「まあ、しょうがない。知らないんなら教えてやるか。」
川島は少し顔をこわばらせた。
「これはおれの心霊仲間から聞いた話なんだが、今から俺たちが向かっている洋館は、な
んでもえらい古くて戦前からあったらしい。そこでは以前から夜な夜な女の人のすすり泣
く声が聞こえたり、誰もいないはずなのに人が走り回る足音が聞こえるなどのさまざまな
怪奇現象がおきているらしいんだ。」
川島の話を聞いて3人は笑い声をあげてしまった。
「あっははは、戦前にこんな山奥に建物を建てられるわけないだろ!この山道が舗装され
てから30年も経ってないぞ。」
「それに川島の言ってる怪奇現象なんて、どこでもよく言われてるやつだよ。そんな話信
じてるやつがいるってことのほうが怪奇だよ。」
「本当、本当。はははは。ぼくも最初怖かったけど、川島の話を聞いたら怖さが半減し
ちゃったよ〜。」
3人があまりにも大笑いするので川島は少々腹を立てた。川島は怒りと悲しみの混じっ
た表情で、ハンドルを回しながらポツリとつぶやいた。
「みんなが本当にあるって言ってたのに…」
「ごめん、ごめん、3人とも川島の話を信じるって!」
川島の悲しげな表情がミラー越しに見えたので、さとは川島をフォローしてみたが、こ
ぼれる笑いを抑えるのはなかなか難しかったので、少しにやけた表情になった。
そうこうしているうちに、車は舗装された道路を抜け、砂利道へと入っていった。石の
大きさがまばらな、ほぼ獣道と変わらない砂利道だった。ゆえに、車内は大きく揺れた。
「お!けっこうゆれるなぁ。ずいぶん道が悪いぞ。」
田岡が飲みかけの缶ビールを両手で押さえながらつぶやいた。
「もう少しで到着するからみんな我慢してねー。」
砂利にハンドルを取られないように手をすばやく動かしながら、川島は呼びかけた。
「あわわわわ。」
「あ〜ああ〜あああ〜。」
後部座席にいるさとと治は車の振動で声が震えることに気づき、意味もなく声を出して
声の震えを楽しんでいた。そんな状況が数分間続いていた中、突然、川島が車を止め、う
れしそうな表情でみんなの顔を見回した。
「着いたぞー!ほら、あそこがお目当ての場所だ!」
川島が声を張り上げ、砂利道の脇にある草がうっそうとした位置のむこうを指差した。
4人が車から降り、川島の指差したほうを見ると、確かに洋館が見えた。枝の隙間からこ
ぼれる星の光がわずかにその建物を照らすだけである。そこからみえる建物の様子は、こ
んな山奥に豪華な建物を築くことができた、今は亡き館の主の権威の威光と、今ではつた
にからまれ、外壁も朽ち果てた、もの悲しさを現していた。
「よし、早速むかうぞ。」
川島が嬉しそうな顔で館に向かって歩きだす。懐中電灯で自分の足下を照らしながら
うっそうとした草を踏み固めていた。
「本当にあったんだ…」
さとは口内にまで空気が入っているのに気づかない程ぼんやりと洋館を見つめてつぶや
いた。
「もしかしたら川島の言ってた怪現象も本当かもな。」
田岡がさとの肩をポンと叩きにぃっと口元をあげながら川島の後に続いていった。さと
も2人の後を追いかけて歩き始めた。
「ちょっと待ってよ〜。本当に行くの〜?」
治の呼びかけに3人が振り返る。川島が懐中電灯で治の顔を照らすと、すごく嫌そうに
している表情が見えた。
「大丈夫だって、何か起きても所詮人間の霊の仕業だから。」
意味の分からない励ましを川島は治に送った。
「おれもできる限り治を守るよ!」
さとが拾った石ころを握りつぶして見せた。砕けた石はさとの手からこぼれ草の中に消
えていった。田岡は状況を静観しながらビールをズズッとすすった。しばらくの間耳には
草木のざわめきしか入ってこない。ただ、川島達は、拒んでいる治を見つめているだけで
あった。
「ああ〜もういいよ!別にみんな最後まで一緒じゃなくていいから、怖くなったら各自勝
手に戻ることにしようぜ。でもせっかく来たんだから治も建物の近くまで来たっていい
じゃん!」
数分の沈黙に飽きた田岡が声を上げた。
「怖くなったら車に戻ってもいいから行こうよ。」
「う、うん…。」
さとの言葉にようやくうなずき、4人はようやく館に向かって歩き出した。
サクサクと草を歩く音と治を励ます声が収まった頃に4人は館の入口の前に立ってい
た。
「すげぇ扉だ。こんなにでかいんじゃ開けるだけで一苦労だ。」
扉を見上げながら、田岡は思わず声を出した。川島がライトで照らしてみると、光を反
射するほど光沢のある漆黒の扉が立ちはだかっていた。川島はこの扉を開けるためにする
であろう苦労思い浮かべため息を漏らした。
「黒くてでかくて、硬いなんて…、ぐはぁ!」
川島の言葉が終わる前にさとのけりが川島のこめかみにはいった。
「次、そうゆうこと言ったら殴るから。」
さとは不機嫌な様子で川島をにらむ。
「お〜い、2人ともなにやってんだよー。早く入ってこいよ。」
「さっさと来ないとおいていくよ〜。」
田岡と治が洋館のガラスがすでになく窓枠だけになっているところから2人を呼んだ。
「田岡!治!お前らどこから入ったんだ?入り口の扉も開けてないのに。」
「そこのところに勝手口があったよ〜。」
治が扉のすぐ脇を指差す。指のむいている方には背の高い草木で少しわかりにくくなっ
ているが、確かに、簡素な造りの勝手口があった。
「さと、今回の肝試しのリーダーって俺だよね?なんであいつらが先行してるの?」
「まあいいじゃん。早く行かないと2人において行かれるよ。」
「くそ〜、治なんてびびって背がさらに縮こまっていたのに〜。」
さとと川島がようやく追いつき、4人はついに洋館の中を探索することになった。
洋館の内部は、光りの進入を拒んでいるかのように真っ暗く、のどがいがらっぽくなる
ほどにほこりや、カビ臭く、建材の腐敗のせいか、ちょっとした動きでも軋んでしまうほ
ど、ひどくぼろいものであった。
「それにしてもぼろいな〜。評判以上だ。こんな汚らしい所に住んだら病気になってしま
うよ。」
川島が持っているライトで周囲を照らしながらつぶやく。
「ねぇ〜、田岡ちょっと聞いていい〜?たくさん蜘蛛の巣があるけど〜、こんな建物の中
に獲物なんて来るの〜?」
「おそらく、来ないだろう。でも、奴らはきっと来るって信じてけなげに待ってるん
だ。」
メガネ越しに田岡の目は儚げな優しい目をしているのが見えた。蜘蛛の巣はライトに反
射してキラキラしている。
「おおい、みんな、それじゃあ早速この玄関の右横にある廊下を進むぞー。」
川島が右手を水平に振りながら3人のほうに振り返り、演説をするような身振りで、声
を出した。
「いざ行くとなると、けっこードキドキするな。」
「でしょ〜。だから僕は嫌だっていってたのに〜。本当に怖いんだってば〜。」
田岡と治がぶつくさ言いながら歩き始めた。さとは不安を押さえるため、紺のジーンズ
のポケットに入れている菅からもらったお守りを握りしめた。
「それにしても広いなー。この廊下の幅も俺の部屋の幅と同じくらいの幅だよ。」
「え?さとの部屋ってそんなに広かったっけ?」
「そんくらいあるよー。田岡が来たときちょっと散らかってたから狭く見えただけだって
ば。」
「そうだったのか。」
「いや、さとの部屋はいつも散らかってるよ。ちょっと、ていうレベルじゃないよ。」
「僕が行ったときは、賞味期限が何ヶ月も前のパンが放置されていたよ〜。」
「2人ともひどいよ!川島はいつもお菓子を大量に持ち込んでくるし、治は人の部屋のも
のを何でも引っ張り出してくるから、俺の部屋はいつも散らかってるてゆうのに…。」
4人は談笑しながら廊下を進んでいく。廊下には、4人の笑い声と床板がぎしぎしと軋
む音のみが響いていた。目に映るのは、漆黒の暗闇とライトに照らされて見える多少変色
はしているが立派で頑丈そうな壁、廊下に沿ってある窓から見える無作為に生え広がった
木々の枝や葉であった。
「うわっ!」
突然、さとが大きな叫び声を上げた。
「どうした、さと?」
川島がさとのほうを振り返る。さとは窓を指さしながら小刻みに震えていた。
「あの窓から人の生首が、こっちを見ていて何か言ってたんだ。はじめは窓の汚れか葉っ
ぱでも付着したのかと思ってたんだけど、よく見たら人の生首で、俺と目があった瞬間に
すぅっと消えたんだ。」
「まじで!さと以外でもだれかそれみた?」
川島が2人に尋ねた。2人は無言で首を横に振った。
「ま、なんかおかしなコトがあったら俺に報告してね。」
川島がそう言うと、田岡が感じていた不可解な現象について語り出した。
「そういえば、この館に入ったときからずっと気になってたんだけど、なんだか、うめき
声みたいなのが聞こえてこないか?最初は鳩がうーうーってうなってるのかと思って気に
しないでいたんだが、どうにも鳩とは感じが違うんだよなー。」
「ぼくもみんなが集まったときから気になってたことがあるんだけど、川島はどうして左
右の靴下の色が違うの〜?なんか新しいファッション?」
「なんで治は今更このこと言うんだよ〜。単に急いで準備してきたから履き間違えてきた
だけだよ。気づかれないと思って、黙ってたのに…。」
川島がしょんぼりとうつむく。
「これでようやく肝試しっぽくなってきたな!」
田岡が少し嬉しそうにメガネをくぃとあげた。そして、どこからか缶ビール取り出す
と、左手を腰にあて一気に一缶飲み干してしまった。
「そうだね。せっかくこんなところまで肝試しに来たのに何もなかったら損だよね!」
さとはさっき見たことを思い出さないように、無理にテンションをあげようとしてい
た。
「よーし、それじゃあこの館の探索を続けようか。」
川島の呼びかけに従ってさとと田岡は進み始める。治も浮かない顔はしていたが、3人
の後をついて行った。4人の通り過ぎた廊下では、何年も掛けて館の内に侵入した無数の
ツタが、暗闇の中、ひっそりと眠っていた。
4人は一階の廊下をぐるりと一回りし、玄関から奥まったところに階段を発見した。
「これまたでかい階段だな〜。駅の階段と同じくらいの幅があるよ。」
さとが感嘆の声を漏らす。
「手すりとかも凄い模様があって豪華だよね〜。」
治は階段をじっくり眺めているが、恐怖心からか階段には全く触れようともしない。
「早速この階段を上って二階へ行こう。」
川島が階段に一歩足を乗せる。そのとき、さとが不安そうに川島に尋ねた。
「川島、この階段上って大丈夫なの?一階の廊下だってギシギシいってたのに、階段が急
に壊れて落っこちたらかなり痛いよ。」
「そうだねー。俺が安全を確認しながら進むからみんなは後に付いてきて。それにこの階
段は割と頑丈だよ。」
川島はそう言いながら、階段を右足でダンダンと強く踏んで見せた。そうして、一段一
段足で強度を確認しながら1人で階段を登り始めた。
「さと、どうする〜?」
治が不安そうな瞳でさとを見つめる。
「川島一人きりで行かせるわけにもいかないから、俺はいくよ。」
そういうと、さとは川島の後に続いて階段を登り始めた。治も渋々さとの後に続いて登
り始める。治は階段の強度を危惧しているせいか、腰が引けながら階段をゆっくりと上っ
ていた。田岡は階段を上っていく3人を眺めていた。
「さて、おれもそろそろ行くか。う、ビール飲み過ぎたかな?トイレ行きたくなっちまっ
た。」
田岡も先に行った3人の後を追って階段を登り始めようとしたが、ビールの飲み過ぎが
たたり、トイレに行きたくなっていた。田岡はキョロキョロと周囲を見渡し、トイレを探
し始めた。すると、階段の隣にある廊下の、その壁に、薄暗くてはっきりは見えないが扉
のようなものとその上にトイレの表示のようなものがあるのが見えた。
「む、あれはトイレだな。ちょうど良かった早速使わせてもらおう。」
田岡は急ぎ足でトイレへと駆け込んでいった。トイレを我慢するあまり、田岡は体中か
ら嫌な汗をかいていた。
一方、階段を昇っていった3人は、どうにか無事に一番上までたどり着き、階段を上っ
てちょっと左に進んだ所に大広間があるのを発見していた。
「二階の半分はあの部屋が占めているみたいだな。天井もずいぶん高いな…。それにして
も、田岡の奴は一体どこ行ったんだろう?」
川島が二階全体を見回しながら不思議そうにしている。
「多分こわくて先に戻ったんじゃない〜?ぼくだってまだ残ってるのに〜。」
治が困っているような、幾分呆れているような表情をしている。
「いや、きっとトイレだよ。田岡は今日、日中から飲み続けていたらしいから膀胱に限界
が来たんだ!もしくは胃のほうに限界が来たのかも…。」
さとは壁にへばりついているツタを指先で少し引きはがしながら、田岡のことを心配し
ていた。
二階に上がってからまもなくのことであった。さとたち3人が二階にある大広間を探索
しようとしたとき、階段の方からギシギシと誰かが登ってくる音が聞こえた。
「やっと田岡も来たみたいだね〜。戻ったのかと思って心配しちゃったよ〜。」
治がさとのほうに安堵のこもった表情で笑いかける。さとは、自身の細い目尻を下げ
た、微笑を治に返した。だんだん足音が二階に近づいてくる。それに従って川島が奇妙な
ことに気づいた。
「あれ?この足音1人のものじゃ無くない?2〜3人はいるよ。もしかしたら警備会社の
人かもしれない。とりあえず物陰に隠れておこう!」
3人は大広間の巨大でいくらか壊れている部分もあるが立派な入口の扉の陰に身を隠
し、階段を登ってくる謎の侵入者が姿を現すのをまっていた。扉と壁の隙間から階段の方
をのぞき込んでいた。そこからは、階段の終わり2〜3段が見える。足音が近づくに連れ
3人は息を殺して階段を見守った。そして、とうとう登ってくる足の先が少し3人の目に
入った。
「キター!」
心の中で叫んでしまった。3人の目には立派な革靴の先端が確かに映っている。しか
し、3人はほぼ同時に妙なことに気づいてしまった。目に映る足は薄暗さのせいなのか
はっきりと見えない、いや、薄暗さのせいとかではなく、明らかにうっすらと透けている
のだ。それどころか、膝から上は全く無かった。3人がそのことに気づいたときには、足
だけの集団は階段を登りきり、3人の目の前ですぅっと消えていた。
「あれは、シースルーの足だけ幽霊だ。」
川島が額やほほだけでなく開いた胸元からもはっきり見えるほどに冷や汗をかいてい
た。
「これまずいよ。もう帰った方がいいって!」
さとが小声で川島を説得する。さとの目は恐怖で少し潤んでいた。
「そうだな。これ以上は本当に危険だ。帰ろう!治もそれでいいよね?」
川島が治の方を見る。しかし、そこには治の姿はなかった。
「治がいない!」
「え?」
突然の大声にさとは川島の方を見た。そのときさとの目の端に治の姿が映った。それは
大広間にある大鏡から出てきたツタに治が足を引っ張られ、大鏡の中に引きずり込まれよ
うとする姿であった。
「うわぁぁ、助けて〜。」
治が今まで出したこともないほどの大きな悲鳴を上げる。さとが駆け出し、治を助けよ
うとするが、もうすでに治の体は半分ほど大鏡の中に引きずり込まれている。床には治が
必死に抵抗して床にしがみつこうとしたために爪がはがれ流れ出た血液が線を描いてい
る。
「治!大丈夫?」
助けを求めて伸ばした右腕以外鏡の中に引きずり込まれた治を助け出すため、さとは治
の右腕を全力で引っ張った。すると、鏡から更に大量の植物のツタが出てきてさとの腕に
からみつき鏡の中へ引きずり込もうとした。
「うわ!キモッ!」
さとはとっさに全力で腕を振った。フルスイングで腕を振ったので、治は鏡から飛び出
し、鏡は遠心力で遠くに吹き飛ばされ、壁にぶつかり粉々に砕け散った。
「このままじゃ殺されてしまう。急いでこの館を脱出しよう!」
川島はぐったりしている治を背負い階段へ向かって走り出した。さとも川島の後に続い
た。来たときは何とも感じていなかったが、今では階段のギシギシと軋む音もさとたちを
狙う殺意の声のように聞こえる。
「うわぁぁぁああー。」
2人は恐怖のあまり足もまともに動かなかった。さとは足がもつれ、前を下っている川
島も巻き込んで階段を転げ落ちた。
「うー痛い。」
川島の目からは恐怖と痛みで涙があふれている。治は未だ気を失っているようで、ぐっ
たりとしている。
「いててて、は、そうだ田岡は?」
さとは階段から落ちた衝撃でぼんやりする頭のまま周囲を見回し、田岡が入ったと思わ
れるトイレへと向かった。さとは急いでトイレへの扉を開けようとした。しかし、いくら
ドアノブをひねっても動いた感触が手に伝わってこない。
「くそ!ぜんぜんこのドア開かない。」
「仕方がない。2人で協力してドアをぶち破ろう。」
川島はさとの肩に手を掛け、目を見つめた。2人は体を勢いよくドアにたたきつけた。
何回か繰り返し、ついにドアに亀裂が走った。2人がもう一度体当たりをしようと勢いを
付けた。その瞬間、トイレから青緑のヘドロが内側からドアを破り、ドバッとあふれ出し
てきた。周囲は一瞬にして不快極まりない腐敗臭に包まれた。
「うわ、くさっ!夏場の生ゴミの近くに、動物の死体が転がってるのの7倍以上の臭さ
だ。」
さとは異臭のあまり目がぱちりと開けられず、普段から細い目がより細くなっている。
「うわー。なんだこの腐ったチーズとか納豆とか卵をごちゃ混ぜにしたようなにおいは!
ここにいるだけで吐き気がするよ!」
ヘドロはトイレの入口に面する廊下一面に広がった。
「ん?」
廊下に広がっていくヘドロの中に川島の目を引くキラリと輝くものがあった。川島は目
をこらしよくよくそれを見てみると、それは自分が知っている形の丸メガネであった。
「さと、あれって田岡のメガネじゃないかな?」
さとは川島の示したものをじっと見つめた。それが何か分かったときさとはドキリとし
た。
「確かに、あれは田岡のメガネだ。こんな所にあるなんて…もしかして…。」
「そうかもしれないけど、もしかしたら先に戻っているのかもしれない。俺たちも早く車
に戻った方が良さそうだ。」
上の階で何者かが歩いている音が聞こえる。いまだぐったりしている治をさとはおぶ
り、川島の車へ必死に向かった。
先に車に乗り込んだ川島はエンジンをかけようとするが恐怖で動揺しているせいなの
か、なかなかエンジンがかからない。治を背負っていたせいで動きが鈍くなっていたさと
も車にたどり着き、右後ろのドアから治を乗せ、続いてさとも乗り込んだ。
「早く出してよ!治もぐったりしてて心配なんだ。」
「わかってる。でもエンジンがかからないんだ。」
そう言って、川島はキーをひねった。すると、今まで眠っていたエンジンが目覚め、動
き出した。
「やった。動いた。」
川島が嬉しそうに声を出す。さともホッと安堵の表情が戻った。その瞬間、車内から無
数の手が現れ、さとたちに襲いかかった。さとの顔に襲いかかる冷たい感触にさとの恐怖
は限界に達した。
「うわぁー!」
さとは必死に車から脱出すると、恐怖から逃れようとして無我夢中で走った。どこをど
う走ったのかさえ分からない。気が付くと、さとは麓の町にある病院のベッド上にいた。
あの肝試しから一週間後、さとは普段と変わらない毎日を取り戻していた。そして、あ
の洋館の存在はどの記録を探してもなかった。
(あの夜はいったい何だったんだろう…。川島、田岡、治の3人も行方不明ということに
なっている。でも、あの3人はもうこの世にいない。なぜなら、鏡を見るたびに、1人だ
け生き残った俺を恨めしそうに見つめている3人の姿が映って見えているのだから…。)
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