果たされぬ口約束2006年度作品

『クリスマスという悲しみの中で』

作者……果たされぬ口約束

◎ もくじ
はじめに
主要登場人物紹介
第一章 クリスマスは混沌の中に……
第二章 負け犬だという確かな手ごたえ
第三章 新しい朝が来た、希望の朝が……

「はじめに」
なぜだろう、たまらなく悲しくなったのは。
「主要登場人物紹介」まず読んで大事な登場キャラを把握しよう!
「俺」――本編の主人公。大学二年生。作者と共に恋人募集中。
「片倉」――「俺」の友人。同じく大学二年生。
「加藤」――「俺」の友人。あまりにも美しい魔性の女。同じく大学二年生。
「高橋」――「俺」の次に本編の最重要キャラ。話のキーとなる。その動向から目が離せない。
「伊藤」――「俺」の友人。大学二年生。
「佐川」――「俺」の友人。六年前両親を交通事故で亡くし、以後叔父夫婦の家に引き取られ肩身の狭い思いをしながら生活していた。幼い弟の面倒見も良い優しいお兄ちゃんでもある。また、「うじえスーパー連続窃盗事件」の際には、犯人の「高橋」をかばい、自分が犯人だと名乗り出たことはまだ記憶に新しい。現在は叔父夫婦の家から独立し、バイトの掛け持ちと奨学金で何とか日々の生活を送っているという苦学生っぷりを見せつつ「俺」と同じ大学に通う。
※ 実在の人物・団体とは全く関係なく、別人物です。誰をモチーフにしたなんてこともあ
りません。これもしかして私じゃないかしらって憧れるのは自由です。






第一章「クリスマスは混沌の中に……」
 俺のいままでの人生において、もし何か過ちを犯していたのなら、受精卵の時だと思う。俺が生まれてからの人生には何一つ落ち度はなかった。そうさ、俺が受精卵で身動きがとれないことをいいことに、何者かの陰謀が働いたのだ。それ以外に俺が惨めなクリスマス(注1)を過ごさなければならない理由が見当たらない。
 十二月二十日、今年もクリスマスが身近に迫る。今年も俺は追い詰められていた。なんとか恋人をこさえたい。こさえて心躍るクリスマスを堪能したい。だが、今のところ世の中不可能なことがあることを知っただけだった。不可解だ。俺はなぜ俺に恋人ができないか科学したいと思った。何か公式みたいなものがあるなら教えてほしい。外を歩けば行きかう恋人たちが目に映る。見えないふりをした。毎年こうだ。今年こそは、と去年の今頃も思っていた気がする。俺には恋人を三次元に求める権利はないのだろうか。そこらへんを問いただそうと、俺は友人の片倉の家へと向かった。
 片倉の家もまた物凄い負のオーラを放っていた。片倉は俺と同じ大学に通う友人だ。片倉は俺が一目置く変態だ。今頃解脱してる恐れもある。呼び鈴が不協和音を奏でた。さすがだ。家の入り口から人を不快にしてくれる。片倉の母親がドアを開けてくれた。んん? 浮いてねえか? 俺は目をこすり再び片倉の母親を見た。しかし、しっかり両足が地面に付いていた。気のせいか、一瞬十センチほど浮いているように見えたのだ。いや気のせいだろう。普通に考えても人間が浮くはずがない。
『どうしたの? お入りなさい』
俺は一つのことが気になると、気になって気になって他のことが手につかなくなるタイプの人間だ。だが、今は片倉の母親に素直に案内されることにした。
『ゆっくりしていってね』
俺は片倉の部屋に案内された。ドアを開けた。そこには変わり果てた片倉の姿があった。嘘だろ、おい。俺は冷たくなった片倉の体を必死に擦った。すると片倉は生き返った。彼曰く、無我の境地になりすぎていたらしい。それにしてもお袋さんとのコミュニケーションはとれているのだろうか? 心配になる。俺はお袋さんで思い出し、片倉に尋ねた。
『とても変なことを尋ねるんだが、お前のお袋さん浮いてねえ?』
片倉は笑顔で答えた。
『ふっ、お前も変なこと言うな。お前俺のお袋をなんか仙人かなんかと勘違いしていないか? お袋は普通の人間さ。あんまり浮かねえよ』
『そうだよな。変なこと聞いて悪かったよ。普通の人間が浮くわけねえよな』
『そうそう』
片倉は久々に現世を体感しているような生き生きとした少年の眼差しで俺を見据えている。正直勘弁してほしい。俺をじっと見つめる権利があるのはナイスレディーだけだ。片倉は言う。
『ところでお前は今日、なんで我が家を訪ねたんだ?』
俺は本題を思い出し、片倉に答えた。
『恋人がほしいんだ。どうすればいいか俺を導けよ』
片倉はふむ、と深く考えているような仕草をとった。こういう仕草を取る時は、こいつは何にも考えてなかったりするんだな。なんていうか深く考えているという自分の姿に酔っていて本題をおろそかにしてるんだ。しかし、今日の片倉は上出来のようだ。彼は言う。
『じゃあ、お前が恋人を手にするのを助けるにあたって知っておかなければならないことがある。お前が恋人にしたいのは、同性・異性・獣・死骸・無機物とりわけコンパスのうちどれだ?』
片倉に相談したのは間違いだったかもしれない。恋人の概念について一歩先を行ってる。時代を先取りしすぎている。俺の踏み入れた事のない領域の住人かもしれない。とにかく俺は答えることにした。
『彼女がほしい』
『彼女ってあのXX染色体の?』
『そう』
突然片倉は声を上げて笑い出した。
『ふっ、お前変なこと言うな』
『それも変なことなのか? 彼女がほしいなんて感情は誰もが一度は持ち合わせたと思うのだが……』
『いやいや、お前という許しがたい存在が、彼女がほしいなどとのたまっていることに戸惑いと嘲笑が入り混じっただけさ』
『友達とはそこまで言うもんなのか。こういうところから人間不信は始まっていくのだろうな』
ここで一呼吸置いた。こういう間は必要だ。人生において走り続ける事なんて決してできないのと同じようなもんだ。そう言われると妙に納得してしまうだろ? 片倉は言う。
『彼女がほしいのか。だが残念だが性質上、俺はお前の彼氏になってやることはできても彼女になってやることはできない』
『知ってるよ』
『ではなぜ俺のところに相談に来た? 俺に愛以外何を求める?』
その答えが出なかった俺はその場を立ち去ろうとした。去り際に片倉は言った。
『加藤に彼女になってもらえばいいじゃんかよ』
『そうだな』
俺は片倉の部屋を出た。
『お邪魔しました〜』
俺がそういうと、奥から片倉の母親が出てきた。んん? やはり浮いてねえか? 俺は目をこすり再び片倉の母親を見た。しかし、しっかり両足が地面に付いていた。俺はいい加減外へ出た。
 片倉の指図どおり動いているようで癪で仕方が無いが、俺は加藤の家に向かうことにした。加藤は女友達で、日本が世界に誇る変態だ。ちょっち気が進まないが、こいつに俺の恋人になってもらおう。
 外を歩いていると、真冬の冷たい風が身に染みる。しかし、冷たくされるのにはもう慣れているから、これ以上どうこう言うこともしない。俺はただ一心不乱に加藤の家を目指した。
 加藤の家に着いた。加藤の家はこの世の楽園だ。加藤の家は大変な金持ちで、ものすごい豪邸を構えている。おそらくこの家を構成する人間は、道端に地域振興券が落ちていても拾わないだろう。俺と同じ町とはとても思えない。こういうのを貧富の差と言わなければなんと言うのだろう。この恵まれた環境下で、加藤という一人の変態が育まれてきた。
 俺は加藤の家のチャイムを押した。恐らくメイドが応対するはずだ。加藤の家には、よく推理物の二時間ドラマで、死体の第一発見者となるようなメイドがゴロゴロいる。
『はい、加藤です』
ほらね、これはメイドの声だ。俺は言った。
『俺はおたくのお嬢さんの友達だがね、お嬢さんはご在宅かい?』
メイドAは答えた。
『お嬢様は三日前に樹海に出かけてまだお戻りになっておりません、そろそろ戻ってきてもよいころなんですが……』
『樹海ってあの樹海ですか?』
『ご想像にお任せしますわ』
きたよ。コレなんだよな。加藤のおかしいところって。顔はかわいいんだこれが。かわいいどころか本当にナイスレディーだよ、学校でも一、二を争う。学校で黒魔術の儀式さえやろうとしなければ、他の男もほっとかなかったと思うよ。俺に言わせれば、このメイドAもおかしいと思うよ。普通樹海に行って三日戻ってこなければ、樹海の一部になってるんじゃないかな。机の上に花瓶が置かれる段階だぜ。菊の花がよ。それなのにこのメイドAは『そろそろ戻ってきてもよいころ』と平然と言うんだぜ。だが、まだメイドAとの会話は続くからそんなことは死んでも口に出さないけどな。メイドAは言った。
『ところで大変恐縮ですが、どちら様でしょうか?』
『俺だよ、俺。俺だって言えばわかると思うぜ』
『ああ、"俺だよ、俺"様ですね。お嬢様から伝言をお受けしています』
これだよ。加藤っていうのは頭の切れる奴なんだ。俺が来て何を言うかまで見越している。その頭の良さの方向性を誤らなければ、新境地を探しに樹海なぞに行く事もなかったのだろうな。メイドは口調を変えて言った。
『以下お嬢様の伝言です。"よう、お前は相変わらずこの世のすべての悲しみを背負っているような面しているのだろうな。しかし、私はお前の恋人になってやることはできない。なぜならそれはほとんどボランティアに近いからだ。私にはボランティアをする気は今のところない。とにかく今年も孤独のメリークリスマスを迎えてくれ。もてない……、それだけでこんなにも人は罪深いものなのだな"』
加藤は効果的に俺を痛めつけてくれた。計算し尽くされた言葉の一つ一つに俺のピュアな心は切り刻まれていった。加藤は普段から俺に辛辣な言葉を浴びせ弄ぶ。こいつは高二時代、俺と喧嘩になった時に、俺にボコボコにされたのをまだ根に持っていやがる。外見だけならナイスレディー確実なんだが、邪悪なまでに執念深いところがあるんだな。
 俺はとにかく加藤の家を去ることに決めた。そして、今の自分を温かく向かいいれてくれるのは、伊藤だけだと思った。あのMOTENAI男業界のカリスマと囁かれる伊藤に。
第二章「負け犬だという確かな手ごたえ」
 伊藤の家に近付くと、なぜかバックは闇夜になっていた。伊藤という奴は、もしかすると片倉を超える逸材かもしれない。今頃片倉も焦っている頃だろう。俺は伊藤の家に着いた。加藤の家を見た後だと、伊藤の家はまるでウサギ小屋だ。いや、どの家だってそうだ。加藤の家を見たあとだと、五百メートル前方に見えるあのマンションと蜂の巣の違いがわからなくなる。だから加藤の家なんて見るもんじゃないとあれほど言ったんだ。俺は呼び鈴も押さず、ドアを蹴破り、伊藤の家に押し入った。そして、叫んだ。
『居るのはわかっているんだぞ』
でも、その後家の中を物色してわかった。この家には誰もいやしないと。いるんだよな、俺の許可も得ないで外出する奴って。本当信じられないよ。きっと高橋とでも遊びに行ってるんだろうな。もてない男の行動パターンなんて俺にはお見通しさ。そもそも、片倉も伊藤も携帯というものを持とうとしないんだからな。家電も依然として黒電話だ。それと本人が不在なのにこれだけ邪悪さを漂わせている家も凄いな。ただただ感心するばかりだよ。当然だけど感心すると腹が減ってくるよな? だから俺は今日のところは大人しく家に帰ることにした。
 次の日、つまり十二月二十一日なんだけど、片倉がリアルにやばいと言ってきた。きっとあの黒電話をフルに活用して俺のところに電話してきたんだろうな。俺が何がやばいのか片倉に聞いても、ただただ片倉はやばい、やばいと言うだけでわからなかった。俺は昨日に引き続き大学を自主休業にして、片倉の家に行く事にした。
 外は相変わらず寒く、こんな時はナイスレディーでも見て心を温めたかった。だが、善良な一市民の願いは聞き届けられない現状がここにある。特に、胸キュンなナイスレディーは現れぬまま、片倉の家に着いてしまった。
 俺はあらん限りの力でもって呼び鈴を押した。片倉の母親がドアを開けてくれた。んん?
巨大化してねえか? 俺は目をこすり再び片倉の母親を見た。しかし、昨日と変わらない
小柄な体系の女性がそこにはいた。気のせいか、一瞬昨日より一回り大きく見えたのだ。
いや気のせいだろう。普通に考えても人間が一日で巨大化するはずがない。
『どうしたの? お入りなさい』
片倉の母親の言葉で我に帰る。俺は迷いを振り切るように片倉の部屋へ足早に向かった。
俺は片倉の部屋のドアを強引に開けた。ニヤニヤ何やら気持ち悪い表情を浮かべる片倉の
顔を認識した。この顔は一発で夜夢に出てきそうだ。俺は片倉に確かめねばならぬことが
ある。
『やあ片倉、早速またとても変なことを尋ねるんだが、お前のお袋さん巨大化してねえ
か?』
片倉はその汚らしい笑顔を維持したまま答える。
『ふっ、お前も変なこと聞くな。お前俺のお袋をなんか仙人かなんかと勘違いしていないか? お袋は普通の人間さ。あんまり巨大化しねえよ』
『そうだよな。変なこと聞いて悪かったよ。普通の人間が巨大化するわけねえよな』
『そうそう』
俺はここで本題を思い出した。
『お前やばいって言ってなかったか? 何がそんなにやばいんだ』
『決まってんじゃん。ああやばい、やばい』
『だから何がやばいんだよ?』
『お前の顔がやばいんだよ、どうしようもなくな』
『もう帰っていいか?』
『いいよ。ああ、あとリモコン取って』
片倉ってこういうところがあるんだよな。他人をからかうためだけに呼び寄せて、自己満足にふけっちまうことがさ。
俺は片倉の部屋を出て帰ろうとした。片倉の母親が見送りに出てきた。んん? やはり
巨大化してねえか? 俺は目をこすり再び片倉の母親を見た。しかし、いつもと変わらない小柄な体系の女性がそこにはいた。俺はいい加減外へ出た。
 加藤が無事樹海から帰還したという情報を入手した。大自然の力をもってしても、彼女の息の根を止めることはできなかったようだ。加藤は俺に昼飯を食べに31アイスクリームに行こうと誘ってきた。加藤は、
『私はアイスクリームさえあれば生きていける人間なの』
と言ってきた。嘘つけ、お前はヘロインさえあれば生きていける人間の間違いだろう。俺は知っている。加藤がその財力を思うが侭に使って海外から大量の薬物を密輸していることを。ただまあそんなことは俺が加藤にやめてほしいと思うことのベスト10にも入らない。これでわかってもらえたと思うのだが、繰り返し言っておく。加藤の半径五メートル以内には近寄るもんじゃないぜ。それを承知でこれから俺は加藤に会いに行く。なんて勇敢なんだ、俺って奴ぁ。そんな俺に惚れただろ? 恋の始まりだろ? 素直になれよ。言い逃れできない事実から目を背けがちな俺を誰か救ってくれよ。
 加藤との待ち合わせまでまだ時間があるから、その時間を有効に使おうと決心した。だが、だめだった。特別時間があるから、特別なことをやれるとは限らないんだよね。俺はよくそれで後悔する。俺は意味も無く空を見上げていた。青空だけだ。青空だけが誰にでも平等にその姿を拝ませてくれる。そして、いつも嘘偽りのない姿を我々に見せてくれている。嘘偽りだらけの女が来た。加藤だ。いつ見てもかわいい。しかし、その瞳の奥に宿る邪悪さまでは化粧では覆い隠せないようだ。
『よう、加藤』
加藤は俺を無視し、通り過ぎて行った。俺は取り残された。やはり、高二の時ボコボコにしたのをまだ根に持っているのだろうか。子供だなぁ。体は最強大人の女なのに。ともかく置いてけぼりくらった俺は、笑えない状況にも果敢に笑ってみた。
『冗談だよ』
加藤が後ろから声をかけてきた。これが加藤の凄いとこなんだよ。三十秒前に俺を後ろから抜かしていったばかりなのに、また後ろから声をかけてくるんだからなあ。どういう体の動きをするのか俺には想像しがたいね。
 ともあれ俺は加藤と31アイスクリームに入ったんだ。31アイスクリームに入ると、恋人たちやナイスレディーばかりが目につき、俺は震えが止まらなかった。加藤はそんな俺を飽くなき好奇心で見つめていたね。
 二人で昼食のバニラアイスを食べていると、ふと加藤は言ったね。
『お前さん、恋人がほしいんだろ?』
加藤の悪魔の目は剥き出しだ。俺は言った。
『だいたい三角定規の次ぐらいにほしい』
まあこうは言うものの、加藤にはすべてお見通しなんだな。俺が三度の飯より女が好きということも。
『私がお前さんに女を紹介してやるよ』
『へっ? もう一度唱えてくれよ』
『女をあてがってやるって言ってるのさ』
俺は加藤さんの突然の発言に驚いたとともに、やはり嬉しかった。だが、嬉しさで忘れてはならないものって必ずあると思うんだ。俺は言った。
『見返りは?』
これが重要さ。加藤って女は金に不自由していない分始末が悪い。借りを作ると何をされるかわかったもんじゃない。前回借りを作った時は、他の加藤に借りがある男と絡まされたからな。あれは悪夢極まりない一時だった。だから、最初にはっきりしとかないとな。加藤は作り物の笑顔で答えた。美しい。
『私がいままで一度だってお前さんに見返りを求めたことはあるかい? ないだろう?』
よく言うぜ。俺は加藤に一度だって陥れられなかったことはない。だが、俺はこの背に腹は変えられない現状を見ると、加藤の言葉を素直に受け入れることにした。俺は加藤に尋ねる。
『その女っていうのは、誰もが羨むナイスレディーなのか?』
加藤は笑顔で机を叩いている。不気味な笑い声も時折聞こえてくる。
『安心しなさい、狂おしいほどナイスレディーさ』
俺はちょぴっと加藤さんに感謝した。
第三章「新しい朝が来た、希望の朝が……」
 加藤の奴、何が狂おしいほどナイスレディーだよ、畜生! こんな地球外生命体もたらしやがって。誰だよ檻から出したの、と言うような女と俺はデートしていた。俺は迷わず動物公園循環のバスに飛び乗った。うまくいけばこのクリーチャーを八木山動物園で引き取ってもらえるかもしれない。
『ね〜え、これからどこ行くの?』
しゃ、しゃべった。そうか、俺と同じ人間だったのか。俺は人間とでえと中だったんだな。そして女なんだな。そうなんだな。でも俺をそんな猫撫ぜ声で誘惑しても無駄だ。お役所が女と認めても俺は認めん。そして、俺はバスから降りると走り出し、一気にこの女を振り切った。
 俺は扇坂から再びバスに乗ると、俺の在籍する大学である仙台教育大学(以下仙教または仙教大)へと向かった。山の上の永久凍土が広がる不毛の大地に仙教は存在する。いや、タイガという針葉樹林帯が広がる地区もあるから、不毛とまでは言わないか。仙教に着くと、俺は講義がある220教室へと向かった。220教室には既に片倉、加藤、伊藤などがいた。およそこの教員養成大学には似つかわしくない連中だ。このような奴らさえ教師を目指すのだから、恐ろしい世の中である。何事にも無関心な片倉にいたっては、
『教師? 何それ美味しいの?』
と言い出しかねない。でも、カリキュラム的には教師を目指してる。加藤の頭脳と財力をもってすれば、宇宙中のどの大学に進学するのも自由自在のはずだが、
『いたぶりがいのありそうな奴が多そうだから』
という安易な理由で、東大やハーバード大を蹴って、仙教に入学した。加藤は俺が入ってくるのを見ると、わざとらしく驚いたふりを見せ、
『早かったじゃん。デートどうかしらってずっと心配だったんだよ。ちゅーぐらいまではいった?』
俺は加藤の隣に座り、言った。
『ちゅーしようにも口がどこにあるかわからなかった。あれをもし人間と呼ぶのなら、そこらに生えてる電柱すら立派な人間だぜ』
加藤は腹を抱えて笑いたいのを我慢しながら言った。
『お前さんにはあのレベルがお似合いだと思ったんだけどな』
加藤がそう言うのと同時に俺は加藤に頭突きをくらわせた。そして、胸倉をつかみ、顔を何発も何発もぶった。そのかわいらしい顔が台無しになった頃、俺はぶつのをやめた。やっちまった。加藤と喧嘩すると後でどんな仕返しが待っているかわからない。だが、俺は他人におちょくられるのを黙ってみていられるようなほどの寛大さを持ち合わせた人間じゃないんだな。
授業が始まった。必修科目である『現代恋愛論』だ。先週は、『現代において主流となっている恋愛は、両者の性の不一致が不可欠となっている』などと、よくよく考えると当たり前のことを言っていた気がする。俺は先週やっと文庫版になったので、購入してきた小説『さとの嫌〜な体験』を読み始め、片倉は弁当を食べ始め、伊藤は宇宙との交信を始めた。加藤は一人物思いにふけっていた。加藤は俺を断頭台に送ることでも考えているのだろうか? 授業は退屈に感じられる授業が多いので、そのときの過ごし方が大切になってくる。片倉は弁当を食べ終わると、『買い出しに行ってくる』と言って、一人教室を出て行った。加藤は一人何やらぶつぶつ言い始めた。俺は小説を読むのも一段落ついたことだし、加藤と和解しようと思い、言った。
『愛してるから許してくれ』
許されないのはわかっていた。高二のときボコボコにしたのをまだ根に持っているような女だからな。加藤はこちらを見て微笑むと、自分のハイヒールを指差して言った。
『舐めろ』
と。俺は加藤の仕返しが怖いから、必死で舐めた。片倉は再び弁当を二つほど購入してきて食べ始めている。伊藤は恋する乙女のような眼差しで天を仰いでいる。俺は加藤のハイヒールをすみからすみまできれいに舐めた。そして、今や満面の笑みを浮かべている加藤に差し出した。すると加藤はそのハイヒールを地面にこすりつけて、言った。
『また汚れてしまった。舐めろ』
俺は屈辱に身を震わせながらも、この行為を新たな喜びに加える事でなんとかしのいだ。再び加藤のハイヒールを綺麗に舐め終わると、俺と加藤は固い握手を交わした。そう、和解できたのだ。だが、この代償はあまりにも大きかった。220教室という巨大な教室で、加藤のハイヒールを舐めるという行為は、他の一般生徒さんに多大な誤解を生んでしまったのだ。同じ専攻でかつて友達と呼んでいた人々は今や怪訝そうな眼差しで俺をちらちら見た。2コマ目の授業の終わりを知らせるチャイムと同時に他の色んなものが終わりを告げた。沈痛な面持ちで立ち尽くす俺に、片倉は俺の肩を叩き言った。
『周りはどう思おうと、俺はお前の友達だからな、変態。よし、そんなことは気にせず昼飯にしようぜ、変態』
昼飯に行くのは良いが、お前がいままで食べていたのは何だ? 俺ら四人は仲良く食堂に向かった。いつも思うのだが伊藤は何を食べているのだろうか? 何だその黒いゲル状の食べ物は。一般常識をかねそろえた俺でも理解しがたい。それに、加藤は加藤で毎日十一時五十八分に、"弁当"と称したフランス料理のフルコースをフランス人シェフが運んでくるし。おっと昨日はイタリア料理だったかな。んん? 片倉の弁当一瞬動かなかったか? 俺は目をこすり再び片倉の弁当を見てみた。しかし、片倉の弁当は微動だにしなかった。気のせいか、一瞬素早い動きを見せたように思えたのだ。いや気のせいだろう。普通に考えても弁当が動くはずがない。一応俺は片倉に聞いてみることにした。好奇心旺盛な俺らしいな。
『とても変なことを尋ねるんだが、お前の弁当動かなかったか?』
片倉は笑顔で答えた。
『ふっ、お前も変なこと言うな。お前俺の弁当をなんか怪物かなんかと勘違いしていないか? 弁当は所詮ただの弁当さ。あんまり動かねえよ』
『そうだよな。変なこと聞いて悪かったよ。ただの弁当が動くわけねえよな』
『そうそう、ただの弁当ならな』
納得した俺は自分の弁当を食べるのに集中することにした。この四人の中で唯一まともな大学生の昼食だ。さすがは偉大にして親愛なる我がお袋様だ。よく考えると、我ら四人はいつも学食内のテーブルで昼食を食べるが、何一つ学食の食べ物を口にしたことがないな。そう思うとテーブルに座れないで溢れている学生の皆様に悪いような気もしないでもないが、今に始まったことではないので、スルーしました。加藤は、
『このトリュフまずい』
とか言って平気で外にいる猫に向かって投げ捨てる。外に投げる前に一言言ってくれればいいのに。猫との争奪戦にまで加わる気にはなかなかなれない。人間やめますか?って話になってくる。それは失うものが何もなくなってからにしたい。とりあえずは、すべてをかなぐり捨ててまでほしいものは、ない。でも恋人はほしいなあ。運命の人とそろそろ回り逢っても良いはず。そんな俺の心境を、加藤は的確に読んでいた。
『お前にまた女を紹介してやろうか?』
『だまらっしゃい』
『今度は事前に三人ぐらいの女の写真を見せて、その中から一人を選ばせてやるぞ。そして、その中に気に入った女がいなければ、それはそれでいいから』
加藤は不敵に微笑む。その顔は実にナイスレディーだ。俺は答えた。
『……、ちょっと考えさせてくれ。確かに恋人はほしいぃ。しかし、どうせお前らも恋人がいない孤独なクリスマスをお過ごしになられるのだろう?』
俺がそう言うと、片倉がバンッと机を叩き、強い口調の声で言った。
『お前と一緒にすんなや。クリスマスは彼女と過ごすに決まってんじゃんかよ』
衝撃の発言だ。さらに加藤が言った。
『私もクリスマスは彼氏と過ごすのかな』
これだけでは止まらず、なんとあの伊藤までもが、
『俺もクリスマスは彼女と過ごすよ』
そして、三人は口をそろえて行った。
『お前とは細胞レベルで違うのだよ』
チッ、こいつらたまに口を開けばろくなこと言わねぇ。だが、しゃべらず動かなければ良い女の加藤はともかく、片倉や伊藤にまで恋人がいたのには驚きを隠しきれなかった。あまりに驚いたので、俺は加藤に言ってしまった。
『俺に女を紹介してください』
しばらくすると、加藤はどこからともなく参枚の写真を持ってきた。加藤は言う。
『本来のお前の立場はわかってるよな。お前は普通なら女を選べる身分ではないのだぞ。だから今から見せる写真についてああだこうだ言うのはやめろよ』
俺は加藤のご機嫌を取るために、ひれ伏して答えた。
『滅相もございません。紹介された女についてああだこうだ言うなんて卑しい卑しい私には出すぎたまねです』
それで加藤は気分が良くなったのか。気分良くしゃべりだした。
『それではエントリーNO,1、樋口さんです』
俺の前に女が写った一枚の写真が提示された。写真に写った女はほっそりとしていて色白で髪が長く、とても艶かしかった。顔も俺好みだ。加藤の紹介とは思えないほどナイスレディーだ。だが、一つだけ気になって仕方がない点がある。なんでこの写真こんなに釘で打ちつけた跡があるのだろう? ま、まさか、加藤、お前……。いや、何も言うまい。事実を確かめる勇気すら湧いてこない。加藤は言う。
『樋口さんはいかがだったでしょうか? それではそろそろエントリーNO,2、町田さんを紹介します』
再び俺の前に女の写真が置かれた。今度も素晴らしい女だ。とても可愛らしい。笑顔が惹きつけるものを持っている。まさに妹にしたいタイプとはこういうことを言うのだろう。俺の恋人にしたい理想像だ。俺の好みの女のつぼを突いてくる。ただ、ただ一つだけ気がかりな点がある。それはその写真の左下に普通なら見落としてしまいそうな小さな字で、"※写真はイメージです"と書かれていることだ。加藤からの紹介だけに、侮りがたい。経験上写真の裏まで見てしまう。加藤は相変わらず上機嫌だ。
『町田さんはいかがだったでしょうか? そういえば町田さんはお前さんの初恋の女性と同じ苗字でしたね。顔もどこか似てるし。それはさておき、最後はエントリーNO,3、村田さんです』
なんで加藤の奴は俺の初恋の女性まで知ってるんだ? 誰にも言ったことないし、加藤と知り合ったのは高校入ってからで、その初恋は中学時代なのに。加藤は『それを暴くのが私の仕事だ』みたいな顔をしてこちらを見ている。気を取り直して俺は三人目の女の写真を見ることにした。その女はほっそりとした足を持ち、きゅっと締まったお尻、豊満な胸を持ち合わせていた。素晴らしいボディーライン、実にナイスレディーだ。男受けするタイプだろう。だが、一つだけどうしても気になって気になって気になって仕方がない点がある。どうしてこの女、首から上がないのだろう? 俺は無駄だと思いつつも加藤に聞いてみることにした。
『なぜこのお方は首から上が存在しないのでしょうか?』
『もげたか…っといけない、閲覧タイム終了です。それではこの魅力的な女性三人の中から一人を選んでくだしゃい』
俺は不安だった。だが、今見せられた写真の中から一人を選ぶことに決めた。なぜなら、今この機会を逃したら、クリスマスまでに俺の恋人になりそうなのは、"白い恋人"ぐらいしか残されていないからだ。俺は言った。
『あの子がほしい』
『あの子じゃわからん』
『一番最初に見せてもらった、樋口さんだ』
加藤は予定通りと思ったのか再び不敵な笑みを浮かべ、
『わかりやした。後悔するなや、へへへ』
と山賊子分風に言った。俺の不安は募るばかりだ。

十二月二十三日、天皇誕生日。俺の誕生日の九月五日は休日にならないのに、なぜかこの日は休みだ。休みということは歓迎するが。この日、俺は加藤に紹介してもらった樋口さんという女性に会う約束をしていた。待ち合わせ場所に向かう途中で村田さんを見かけた。昨日加藤に写真を見せてもらった人間の一人だ。本当に首から上が存在しない。昨日の写真はCGでも何でもなかった。それにしてもどうやって生きているのだろう? まあそんなこと今日の俺のデートに比べれば、些細なことだろう。俺は一時間も早く待ち合わせの場所に着いた。加藤のセッティングなだけに、一瞬の油断もできねぇ。一瞬の気の緩みが死を招くことは何度も見知っている。
『遅いなあ、樋口さん』
当然だ。まだ、一時間前なのだから。
 時間になった。樋口さんはどこから来るのだろう? 前から? 後ろから? 右から? 左から? しかし、その時には既に背後を取られていた。
『あんたが約束の人ね。そのまま無関係を装って歩くのよ』
樋口さんはそうつぶやいて、俺の前を歩き出した。俺はどこかこの展開がデートとは違うと薄々感じながらも、樋口さんと距離を置きながらついていった。そして、俺たちは人気のない公園に着いた。樋口さんは俺の体を舐めるように見回して言った。
『んんー、まあ合格ね。健康そうだし。もてなさそうなのが難点ではあるけど』
 俺は嫌な予感がしたので聞いてみることにした。
『何が合格なんですか?』
 樋口さんはきょとんとした表情で答えた。
『ん? もちろんパートナーじゃない』
俺は続けて聞いた。
『何のパートナーか聞いてもよろしいでしょうか?』
 樋口さんの次の言葉から俺の転落が始まろうとしていた。
『……? もしかしてあなた、加藤から何も聞かされてないの? もう、加藤ったらいい加減なんだから。そこんところも好きなんだけどね。ええとね、これから私とあなたで東南アジアに麻薬などの買い付けに行きます。現地の売人と交渉して大量に仕入れる契約を交わしてくるということです。あなたは私の恋人役として同行してもらいます。恋人同士の旅行と見せかけた方が空港や現地で怪しまれにくいですからね。あなたは今これを聞いて驚いているのでしょうけど、加藤に既に紹介料を払ってあるので、今さらやめられませんよ。』
 加藤の奴、俺に恋人を紹介するのではなく、樋口さんに恋人役を紹介しやがったな。樋口さんは俺にポンッと投げた。
『はい、偽造パスポート』
あまりにも当たり前に渡されたそれは、確かに表紙に日本国のマークが書かれていた。そして中を開くと見覚えのある顔があった。俺だ。間違いなく俺の写真だ。しかしいつの間に。そして、その下には本来書かれるはずの名前がなく、代わりに聞き覚えのない名前が印刷されていた。樋口さんが言った。口調は厳しいものだった。
『木村 優作、お前の偽名だ。お前の本当の名前なぞどうでもいい。これからお前のことを木村、木村と呼ぶからな。ただ、恋人と思わせたい場面では"優作さん"と呼ぶ。あと私の名前は樋口でいいからな。樋口というのが偽名だから。樋口 美奈だ。呼び方は任せる。本名はお互い知らない方が身のためだろう』
 俺は怯えた。自分が異国の地で土に還ってしまうのではないかという気がしたからだ。それを察して樋口さんは言った。
『そんなに心配することもない。問題なく帰ってきた人間もかなりいる』
かなりという曖昧な表現が余計不安になる。それに後でちゃっかり死んでも文句ないよっていう誓約書も書かされた。
『そろそろ成田へ向かおう』
 クリスマスイブという記念すべき日を俺はカンボジアで迎えた。ついに恋人が出来ぬままクリスマスイブになってしまった。なんなら恋人役を恋人に変えてしまおうと、樋口さんに迫ろうと思ったが、それに釘を打つように、
『私、実はハードレズだから、仕事以外では近寄らないで』
と言われてしまった。そっちの世界の話はよくわからないが、拒まれたことだけはよくわかった。
 樋口さんは俺にこんにゃくを渡した。こんにゃくの用途は数少ない。だが、一応俺は樋口さんに尋ねてみることにした。
『これ、食べるの?』
『そっ』
 俺はそのこんにゃくを食べた。やはり、こんにゃくをただ食べるのは美味しいわけではない。ご飯との相性も最悪で、俺はなぜ東南アジアまで来てこんにゃくを食べねばならないのかわからなかった。しかし、その答えはすぐに出た。それは外に出たとき気づいた。いままで何をしゃべっているかわからなかった現地の住民の言葉が、翻訳されて耳に入ってくるようにわかることができるようになっていた。そうまるでアニメや漫画に出てくる外国のように、日本語が世界共通語になってしゃべられているようなのだ。さらに、俺がしゃべる言葉も相手に伝わっているようなのだ。いままではただわめいているようにしか思われてなかっただろう。それもこれもさっきあのこんにゃくを食べたからなのだろうか。
 カンボジアでの一日は退屈極まりなかった。ただ、樋口が現地の売人と交渉するのに付いていくだけ。俺に任される仕事といったら、ポリが来ないか見張るだけ。それに、実際ポリが来ても、ドル札で引っぱたけば大抵問題ないそうだ。次の日(25日)もそのまた次の日も同じような展開が続き、28日に帰国しました。
 そのほかにも些細な事がいくつかあって、今は車イス生活なわけだが、残念ながら後ろを押してくれる人はいない。気づけばクリスマスも過ぎていた。昔伊藤に言われた言葉が頭に浮かんだ。
『俺たちみたいな走・攻・守三拍子揃ったクズは生きているだけで幸せに思わなければならないのだろうな』
きっとそうなのだろうな。
第一部・完
(注1)日本ではクリスマスは恋人がいるお方は恋人と仲良く楽しい時を過ごすようです。




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