「薔薇の飾り」〜詩的な一場面〜 神矢弦彦
散歩と云うのは、なかなか、穏やかなようでいて、意外に力のいるものだ、と病気した體が叫んでいる。それを私は、ある公園の長椅子で眺めながら、自分の體に、おい、お前は大丈夫かい、と聞いたが、なんとも云わない。
丸い硝子球の中でてらてら光る蒼白い火が揺れると、空にある太陽はしぼんで、七等星よりも小さくなった。
どうか私に熱い珈琲《カッフェ》を! 欠けた洋杯《カップ》を高らかと挙げる髭の長い男はくるくる回っている。どうか私に冷たい火酒《ヰスキィ》を! 高そうな切子を大事そうに両手で包む耳の大きな女はじっと立ち止まっている。彼らの欲望が求めているのはその液体ではなく、その液体の持つ温度に違いない。
不健康な血に似た赤を噴出す噴水は錆び、痩せた青年は頬にある緑色のにきびをいつまでも気にしていた。猫の影が笑う時間になり、遠くで汽車の音が寂しそうに震えている。
目の前に裸の少年。柔らかな肌はほんのり紅潮し、鎖骨には、五月蠅げな髪からこぼれる水が溜まる。
言葉は夕空に近く、その移ろいは激しい。紅く染まり、闇に飲まれんとするそのあわいに、見える一つの寂しい鬱々とした声が、私の心に届くのに、そう時間はかかることが無かった。涙でのどが潤っている、と感じない訳にはいかない。だからこそ、ここで今、一つのコトバを発することになんら苦しみはないはずだ。それでも、ただ目の前の唇が発する「b」の音の濁りに気をとられてしまう。ああ、もう見ていられない。そう思ったときには駆け出していた。夜空の幕を滑る流れ星の速さで、體軽く、息の弾みも乱れることがない。だんだんと周りの景色が、ひしゃげてどろどろになり、蝋燭の中を走っているような気分になってくる。そのうち、なんだか體がふわふわしているのがわかる。なんだろうと手を見ると、ぐにゃぐにゃだ。あっと、声を出そうにも、声になるものがない。指が汗で、手の甲にぴったりくっついている。石につまづいた。ぶつかる、と目をつぶったが、痛みはない。浮かんでいるのだ。流れは、私を運んでいた。
私は一つの平面だ。色素も落ち、ただまっしろの平面。それがただ、浮かび、漂う。どろどろに溶けた世界の中を。
私は、ぼんやりした背の高い何かに拾い上げられた。何かは満足げにうなづき、薔薇が似合うとぽつり云う。意識の向こうに、一本の花を見た。それが薔薇なのか、はっきりしないまま、何かに巻き上げられ、固い紐で縛られ、宝の地図のようにされると、私と同じようなものが何本もささっている袋に入っていった。彼らは沈黙を守る。何かは歩き出す。私はただ、意識する
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