『REAL GOPIE 1992』果たされぬ口約束



『とうとう1992年も訪れたな。』
佐藤はそう言いながらもみかんの皮を剥いている、食い意地のはった奴だ。
『ハッピーニューイヤー。』
鈴木は叫ぶ。何がハッピーなのか全く理解できない。新年になったからって、特別得るものなんて一つもないというのに。
私たち三人は鈴木のアパートで新年を迎えていた。新年というのはどうもお年玉がもらえなくなってから色褪せてしまった。そして、特別ご馳走を準備する気にもならず、独身三人肩を寄せ合って新年を迎えていた。
さっきから思ってることがある。こたつに三人で入っているのだが、佐藤と足がぶつかって不快だ。その佐藤が言う。
『なぁ、お前ら21世紀の世の中ってどうなっていると思う。』
鈴木は答える。
『お前なんもわかってないのな。1999年7月にノストラダムスの予言で人類は滅亡するんだから、未来のことなんて考える必要なんてないんだよ。今を楽しめよ、今を。』
私も今年初めて口を開いた。
『今が良ければいいなんて考え方に浸ってたら、ノストラダムスの予言が嘘っぱちだったらどうすんだよ。』
鈴木は言う。
『どうもしねえ。そのときはそのときで公園デビューでも果たすよ。そのときはダンボールぐらいは恵んでくれよな。』
佐藤再び。
『お前ら、話それてっぞ。21世紀トークに戻ろうぜ。』
私は口走る。
『まあ21世紀初頭には鉄腕アトムができるわけだから、車は宙に浮き、人はカプセルの中を移動したりする世の中になっているのだろうな。』
鈴木も追随。
『2005年までにタケコプターぐらいはできてるかもな。』
 この後、佐藤から衝撃発言が繰り出される。
『俺、きっと21世紀には恋に落ちてると思う。』
私と鈴木は驚いた。私は言う。
『そんなことが許されると思っているのか。』
佐藤はしばらく考え、
『ごめん、今のなしな。俺どうかしてたわ。』
と言った。私と鈴木はホッとした。後で私はなぜこのときこう言ったのかわからなかったけどな。佐藤は言う。
『21世紀になっても今と変わらないだろうなってものってあるよな。今の俺の気持ちとか。そういうものって他にあるかな。』
鈴木はなぜか挙手してから言う。
『巨人人気とかどうよ。プロ野球はもう国民の娯楽だ。どんなに娯楽が多様化したり、弱い巨人を見せ付けられたりしても、プロ野球の視聴率が下がることはないだろうな。ゴールデンタイムでも群を抜いて視聴率が良いから、多少クレームが起きようが、試合を延長して放送するんだよ。かくゆう俺は阪神ファン、21世紀には強い阪神が見れないかなぁ、七年前みたいにさ。』
私は思い出したように言う。
『なあ、三丁目に小野って奴いたよなあ。そいつの妹って確か6年生ぐらいだよなあ。』
『その小野妹子がどうした。』
『いやあ、その子とこないだすれ違った時、俺ときめいちゃった。きっと21世紀にはえらくべっぴんさんになっていると思うよ。今から楽しみだな。佐藤の家も確か三丁目だよな、そう思わないか。』
『おいおい、一度冷静になって考えてみろよ。確かに小野の妹はめんこいと思う。しかし、僕は逆に悲しくなるな。小野の妹は今6年生だろ。今が旬じゃないか。あとは下降線をたどり、21世紀には終幕に向かう最中だな。下手な男に捕まって、孕んで、老いていく。それが避けられないことこそこの世の無情じゃないのか。』
『安心しろ。21世紀になって小野の妹が少女じゃなくなっても、また新たな可憐な少女がお前の前に現れるから。』
『たとえそれが2Dであってもお前は構わないだろ。』
 鈴木が時計を見て立ち上がった。
『すまん、俺これからバイトだわ。俺の部屋は使っていていいから、ゆっくりしてってくれよな。』
『正月からバイトか。』
『正月だからこそかな。金ねー奴には、正月深夜の高自給のバイトは捨てがたいんだわ。』
『何のバイトかい。』
『ん、サンタクロース。』
『夢のあるバイトだな。』
『そーでもねーよ。今月3日で首切られる契約社員だから、正月早々また新たなバイト探さないといけないし、やっぱりクリスマス当日は肉体労働だったわけよ。本物の白ひげ生やした老人には無理な話よ。』
『ふむ、ところでクリスマスが終わっても仕事あるのかい。』
『あー、クリスマス以降は、クリスマスプレゼントの苦情などを受け付けるお客様サービスセンターに勤務してる。これも"プレゼントが入っていた靴下に穴が開いた"とかひっきりなしに電話かかってくるわけよ。それを契約社員2名で対応してるから、明らかにキャリーオーバーなんだよな。二十四時間受け付けだし。ストレス溜まるよ。』
などとぼやきながら鈴木は夜の闇に消えていった。
 鈴木のいなくなった部屋は急にもの寂しく感じられた。佐藤が口を開く。
『二人だと厳しいと思うのは僕だけだろうか。』
『俺もまだ40秒ぐらいしか経ってないが二人でやっていくのに限界を感じた。』
『じゃあ、新メンバーを導入しようか。』
『そうすっか、んで誰にすっか。』
『伊藤はどうかな。』
私は伊藤に電話した。15分もすると伊藤は鈴木のアパートに着いた。
『やあ。』
『よー、伊藤。お前なら正月でも暇してると確信が持てたから誘ったよ。』
『危なく今年も正月を孤独に迎えるところだったから助かったよ。』
『まあ、座れや。』
『今日のお題は何だったんだ。』
『話が早いな。21世紀の世の中はどうなっているかさ。』
『どうもなってないだろ。たった9年後の話だぜ。まあ考えられることとしては、好景気になってる可能性があることかな。景気には波があるわけだから、さすがに不景気がいつまでも続くことはない。バブル崩壊の余波があと何年か続いても、21世紀まで不況が続くことはいくらなんでもないだろ。よっぽど政府が舵取りを誤らなければな。』
『冒頭の我々の発想に比べると、大分現実的で夢も希望もないな。』
『お前ら本気で俺たちに明るい未来たるものが待っていると思っているのか。』
『んん。』
『まあ、そうだな。21世紀初頭に鉄腕アトムができる可能性は、佐藤が抱かれたい男bPになる確立とほぼ等しいな。』
『よく言うぜ。自分の顔を鏡で覗いてから発言してもらいたいものだね。』
 しばし沈黙が流れる。各々がトイレに行ったり、みかんの皮を剥いだりしていた。私はこんなとき激動の1991年を思い出していた。湾岸戦争、ソ連保守派クーデターとソ連崩壊、美浜原発事故・・・、どれも私は関与していない。身近なところで行くと、7月19日にFFWが発売したこと、広島カープ優勝、10月17日にダイの大冒険放送開始ぐらいか・・・、とても人に胸を張って言えることではない。そういえば、先日ゲームラボを立ち読みしていて知ったんだが、FFWのゲームボーイアドバンス移植版には隠しダンジョンがプラスされたらしい。アドバンス??? 何だそれ? 俺何言ってるんだろう? ところで、1992年はどんな年になるのだろう。今から楽しみだ。夏にはバルセロナ五輪もある。その前にストUのス−ファミ移植版も発売する。突然佐藤は言った。
『チッ、タバコ切れたから、俺コンビニ行ってくるわぁ。』
『働いてないお前のそのタバコ代はどっから湧いてくるんだい。』
『かーちゃんのパート代・・・。』
『・・・・・。』
『かーちゃん、かーちゃん。』
一同皆涙する。しばらくして佐藤は立ち上がる。そして、ドアを開け出て行った。その後、二度と彼の姿を見た者はいない。
 トゥルルルルルー、トゥルルルルルー
鈴木のアパートの家電が鳴る。私は迷わずそれを手に取った。
『はい、鈴木です。9:00〜19:00の間はオペレーターとの通話もお選びできます。』
『おでだ、佐川だ。』
『OH、佐川かどうした。(DAREDAYO!)』
『暇だがらそっぢに遊びに行っでいいけ。』
『えーよ。(それにしてもSATOの奴、帰ってくるのおせーのう)』
 佐川は15分ほどで鈴木のアパートに着いた。そして、おもむろにドアをノックした。私と伊藤はしばらくそのドアを開けずに、寒い想いをしているであろう佐川を想像して悦楽に浸っていた。佐川は激しくノックする。放置しておくのに飽きた私たちは、じゃんけんをして負けた方がこたつから出てドアを開けに行くことにした。これが不思議、あいこが続いてなかなか決着がつかないのな。ドアのノックの音が止まった。驚いた私はこたつを出てドアを開けに行った。それでも動じずにこたつの中に居座り続けた伊藤は、勝利の微笑を浮かべていた。ドアを開けた私の瞳には帰ろうとしている佐川が映った。
『すまなんだ、気づかなんだ。ささ上がれ。』
『びどいなあ、もう、んで、お前さん誰け。』
『教えない。』
我々はその後、互いに自己紹介をし、こたつを囲んで親睦を深めた。最後まで名前は明かさなかったけど。そして、和やかな空気の中伊藤は言った。
『なあ、佐川さんよ、お前と虫けらの違いって何よ。俺には違いがわからないのだが。』
『えっ、お前さんそんなこともわからないのかい。いいか、一度しか言わないからよく聞けよ。必要ならばメモを取ってもいいぞ。それはな、タルタルソースをこよなく愛しているかどうかさ。』
『よく言うぜ。』
『そうさ、おではタルタルソースと出会うことで人権を手に入れたのさ。』
『寝言は寝て言え。』
佐川は立ち上がった。
『おでトイレに行ってくるわぁ。』
というと佐川はズボンを下ろしトイレに向かった。私は言う。
『なあ、伊藤。高校三年の時のC組に高橋って女がいたの覚えているか。』
『俺がかわいかった女を忘れるとでも思っているのか。歯形や指紋まで完全に覚えているぞ。』
『相変わらずだな、その努力が報われないものだと知っているのに。畜生、涙が止まらねえぜ。それはさておき、その高橋がF組の阿部と結婚するらしいぜ。』
『かー、俺の初めての接吻はあの女だって決めていたのになあ。』
『またそれか、お前の初めての接吻相手は一体何人いる。まあ、確かに高橋はかわいかったよな。俺運命感じちゃったもん。』
『哀れだなあ。いや、お前のことじゃなくて、運命なんて感じている奴らがだよ。』
『・・・。』
佐川がトイレから出てくる。その顔には満面の笑みを浮かべていた。佐川は言う。
『おで、トイレで自分の人生について見つめなおしてみたんだ。』
『ほう、お前もやっと人類に追いついてきたな。』
『ああ、そのおでにお前も早く追いつけよ。』
『伊藤もそう佐川に絡むなよ。んで、佐川よ、人生を見つめなおした結論はどうなったのよ。』
『最初は男泣きした。自分の人生の境遇の哀れさに。だが、便器の中の水に映し出された月がおでを癒してくれた。だから、おでは感謝の意味を込めて脱いでみた。そして、全裸になるとついにおでは見えたんだ。』
『何が。』
『新世界が。』
それは、佐川が誰もが一度はぶち当たる壁を越えた瞬間だった。どこからともなく拍手が巻き起こる。佐川は少し照れ笑い、その瞳の奥には自信が見え隠れしていた。
 時計の針が2時を指した。私は突如立ち上がる。
『俺、そろそろ帰るわ。』
伊藤は言う。
『今夜は帰さないよ。』
佐川は言う。
『帰ると言うなら俺を倒してから行け。』
私は伊藤の手を払いのけ、佐川を狙撃して鈴木のアパートを出た。
『すまねえな、明日朝からバイト入ってんだわ。』
 鈴木のアパートは伊藤と佐川の二人だけになってしまった。
『なあ、伊藤、もうちょっとそっち行っていいけ。』
『寄るでない。』
『寂しい。』
『そういうな佐川、俺だって寂しいんだ。去年も一人っきりのメリークリスマスを迎えてしまったショックも拭い去れないのだから。』
『俺がいるだろ。』
『お前が居てもくその役にもたたん。』
『なあ、伊藤、こんなときこそ新メンバー加入だと思わんか。』
『そうだな、俺だけがお前と同じ空気を吸う苦しみを味わわなきゃならないなんて耐えられないからな。』
『飯田はどうだ。』
『異論はないな。』
そのとき、鈴木の部屋のチャイムが鳴った。開けた。そこには飯田がいた。
『呼ばずとも現れるなんてさすが飯田だな。』
『引き寄せられるように来てしまったよ。お前ら僕を求めていたんだろ。』
『求めてた。』
飯田には手土産があった。牛タンだ。
『牛タンさえあれば、別に飯田はいらないなと思えてくるな。』
佐川は既にその牛タンを口に運んでいた。どこまでも食い意地の張った奴だ。ああはなりたくないな、という人間も多いのではなかろうか。飯田は喋りだす。
『正月の深夜に独身男三人がこうして片寄せあってる姿はまるであれだな。』
『あれとは。』
『負け犬。』
『それは言わない約束だろ。』
『そんな約束していない、そろそろ認めてもいい頃だろ。』
『確かに、飯田と佐川はいいだろう。見るからに負け犬界のプリンスだからな。ただ、俺を一括りにしないでくれ、マジで。君らとは生まれた宇宙すら違うよ。』
『ところで負け犬の定義って何よ。』
『負け犬の定義かぁ、まず負け犬のイメージから探ってこうぜ。伊藤どうよ。』
『社会の底辺、負け組、低所得者。』
『何おでの悪口言ってるんだよ。』
『お前じゃねえよ、負け犬の話をしてんだよ。』
『いやおでのこと言ってる。』
『違う。』
『いやおでのことだ。』
『違う。』
『おでだ。』
『違う。』
『おでだ。』
『お前が負け犬だ。』
『いやおでのことだ。』
『そうだ。』
『・・・。』
『二人とももう僕のために争うのはやめてくれよ。』
『何を言う。飯田。』
『はあはあ』
『飯田、お前何息荒くしてんだよ』
『それは、それはね……、お星様だけが知っていることなのだよ』
『そうか、そうだったのか、はは、俺何か誤解していたようだよ』
『おで、おで……』
そして、しばし沈黙が入ったわけだ。彼らは知らず知らずのうちに意識し始めたわけだ。この宇宙の儚さを。まあ、そんなことどうでもいいんだけどさ、今晩のおかず何にする?
『おい見ろよ、伊藤、佐川、初日の出だぜ』
三人は外に駆け出す。その目にはうっすら涙を浮かべていた。感動だ。感動なんだ。今日の日の出だけ何か特別なものが付加されているような特殊な魔力を感じた。
『よーし、あの太陽の向こうまで競争しようぜ!』
『おう、負けるもんか!』
行くぞ、よーい、どん! 太陽の向こうを目指した三人の消息は未だつかめていない。


一人称の主人公・私が中盤以降登場しないという掟破りをしたかったという理由で作りました。まああれなんすけどね。




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