『恋する数学』 沙月ミラ(さつきみら)
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Introduction:恋のベクトル どうしよう。好きな人ができてしまった!今まではなんとも思っていなかった同じ専攻の同じ学年のボブくん。専攻のみんなと行った飲み会の後、バスはもうなくて二人で歩いて帰ったらなんだかいいムードになっちゃった。空には星。隣にはボブくん。坂の上からは、明かりは消え始めたけれど眠らない町が見下ろせる。しんとする住宅地。規則正しい二人の足音。かすかに薫る金木犀。こんなに静かじゃあ私の心臓の音がボブくんに聞こえるんじゃないかと心配した。これは、断じてアルコールのせい、気の迷いじゃない。だって、今日はそんなに飲まなかったもの。 いつもは途中でさよならなのに、私のアパートの前まで送ってくれたボブくん。ちょっと遠回りになったけど、私のことを送ってくれたってことは、…期待してもいいんだよね? 私の好みの男の人は、ワイルドで、背が高くて、経済力があって…とか御託を並べていたあの日にサヨナラ。顔は女の子っぽくて、背は私よりちょっと高いくらいのボブくん。テスト前には無償でみんなにノートを貸してくれるボブくん。暑い日には私にひとくちアイスをくれたボブくん。私の中で、何気なく過ごしてきた彼との日々がなんだかキラキラ輝きだした。どうして、もっと、早くこの気持ちに気がつかなかったの?私!!前にも何度もあったはずのこの状況。酔って、一緒に帰るなんて何度もあったのに! どうしよう。どうしよう。好きな人ができてしまった! 「恋をすると、鏡を見る回数が増加する」 Lesson1:恋の等差数列(ただし、公差dは正の数である) 二人で帰ったのは金曜の夜。…間違った、もう土曜になっていた。あのあとベッドでひとしきり彼のことを思い返してはバタバタしていた。枕に顔を埋め、キャーっと叫んでみたり、いつも近くに置いて寝るぬいぐるみのシンシアをぎゅーっと抱きしめてみたり。気がつくと朝方だった。なにをやっているのだ、私は。 土曜は昼からバイトの塾講師をやった。なんだかずっと頭がはっきりしなかった。これはきっと、お酒の飲みすぎではないわ。だって昨日はそんなに飲んでいないんだもの。問2と問3の答えを黒板に思いっきり書き間違って、中学2年生に馬鹿にされた。 「せんせー、今日は朝帰りぃ?ちゃんとしてくれないと困るよねー」 「うるさーい。さっさとノートに書きなさい!」 「怒るとブスになるぞっ」 「……」 それは困る。できれば私はいつも完全な人間でいなければいけない。いや、今のところはボブくんの前だけでもいい! いかん。中学生の言葉にいちいち動揺してしまった。そして私はとびきりの笑顔をガキンチョ中坊に向けた。 「女は顔じゃないぞ!じゃあ今から確認テストをします。結果は次の面談の時に親御さんに報告します!」 中学生たちがオニだー、と叫ぶ。 だめだ。ボブくんのことを考えただけでドキがむねむね、いや胸がドキドキしてくる。 授業も終わり、講師控え室に戻る。ドアを開けるなり私は他の講師には口でだけ「お疲れー」などといいながら自分のバッグまで突進する。目は、笑っていない。バッグをごそごそさせ、携帯電話を取り出す。 ぱかっと開くと、「受信メール1通」という画面が出ている。ボ、ボブくん?!急いでフォルダを確認する。振り分けられてるのは「専攻の友達」フォルダ。もう、これはボブくんでしょ!「専攻の友達」フォルダを開くと… 同じ専攻で、昨日も私の隣でぐてんぐてんに酔ってたバイオレットだった。その可憐な名前からは彼女の酔いっぷりは想像できない。ちぇっ、ボブくんじゃあないのか。 「二日酔いで頭うたい(-"-;) ウッ」 「いたい」を「うたい」と打ち間違いをするくらい、まだ酔っているのだろう。昨日の解散は深夜12時で、既に15時間は経過しているのに。きっと、迎え酒でもしたんだろう。私はひどくがっかりした。それは、バイオレットの酒癖の悪さと、ボブくんが私にメールを送ってくれていないことのふたつ、である。 他の講師が、私の明らかにがっかりした姿を見て「なになに、彼氏から?」と余計なさぐりを入れてきた。ははは、と乾いた笑いでごまかし、急いで本日の業務報告書を書いて職員に提出した。もちろんその中には「抜き打ちの確認テストをする。皆出来があまりよくない。次の面談で父兄に報告する。」と堂々と書いた。しかし、職員には「先生の教え方がまずいと思われると困ります」と注意されあえなく修正液で消されてしまった。 退勤して、町をぼんやり歩きながらいろいろ考えていた。今まで、大学に入ってからボブくんとはずっと仲良しだった。それは男だとか女だとかそんな生々しいものは介在していなかったはずだ。そんなことをバイオレットに言ったら「そんなことぐだぐだ考えてるから彼氏できないのよ」と切り捨てられるだろう。ボブくんとはただの「友達」として仲良くやってきた。バイオレットなんかは同じ専攻の先輩と付き合い、こっぴどく振ったにも関わらず今度は1学年下の子と付き合いはじめた。まったくもってよく分からない。そんな狭い世界で恋愛をしてどうするのだ。合同研究室で彼氏と仲良く話しているバイオレットと、先輩が鉢合わせしたときに何も感じていないのは君だけだよ、バイオレット。他のみんなは凍ってるよ… それが、昨日突然にボブくんがいつもと違って見えたのは…うーん、どうしてだろう?思い出そうとするけれどよく分からない。酔ってなかったはずなのに。 ぼんやりしながら歩いていると、エレベーターだった。考えてるうちに駅ビルの中に入っていた。エスカレーターに乗って、重かった辞書の入っているバッグを下ろす。あぁ、肩が痛い。首をぐるぐる回していると鏡に自分の姿が映った。じっと見つめる、私。…左目の上のアイシャドーだけが落ちている。へーんな顔。こんな顔をボブくんにみられちゃいけないな、とぼんやり思う。そして、中高生で溢れかえるお店に私は入っていった。迷わず進んでいった先には、鏡が並んでいる。たくさんの鏡の中から、自分の声と引き換えに王子様に会えるように足を得た人魚姫が描かれた鏡を手に取り、レジまで持っていった。 「恋をすると、周りに対する気遣いが減少する」 Lesson2:恋の反比例(ただしa>0、x>0、y>0) そして、日曜日。遅めに起きた優雅な日曜、を過ごすつもりだったのだが朝の8時に大音量の着メロで飛び起きた。夢の中で私は、赤いチェックのスカートに白いエプロンを着て森のみんなときのこ狩りに行っていたのだ。森の乱暴者のくまさんを子分にし、森の女王の加冠式寸前だった。「私は、女王になんてならなくていい!みんなと仲良く暮らせればいいの!」とかっこいい台詞を言い終わったあとに、突然「仁義なき戦い」が聞こえてきた。えっ、と動揺して開けた眼に飛び込んだのは見慣れた天井だった。そして、枕もとの携帯電話が沈黙したと同時に私にはある種の予感を持ってぱかっ、と電話を開けた。「受信メール2通」という画面が出ている。フォルダを開くと…2通ともやはりバイオレット。人のことなんかお構いなしである。 メールにしようか一瞬考えたが、メールを見ずにそのまま電話をした。呼び出し音がなる前に奴は電話に出た。 「なによう、早く返事を返しなさいよぅ!」 ご立腹である。 「…今起きたばかりなんだけど…」 私も内心、イライラである、しかし意外と声がかすれていて2、3度咳払いをした。 「あんたねぇ、私は3時に1回メール送ってんのよ!何やってんの!」 「…3時なんか寝てる時間…」 夜中に大音量で「仁義なき戦い」が流れていたのか。隣の部屋の兄ちゃんが昨日の夜に帰っていたらさぞかし迷惑だっただろう。爆睡中の私が起きなくて幸いでした。 「あのね、こっちは一世一代のピンチだったんだから!」 彼女にはよく一世一代の危機が訪れる。 「また喧嘩?」 私も随分目が覚めてきて比較的冷静である。 「またって何よ」 バイオレットの声が少し低くなった。こういう時は危険なときである。 「…あ、いや、なんでもない。」 「あのね、彼ってばね…」 あわわ…とあくびをする。バイオレットに聞こえないように電話からは少し離しかげんで。 「昨日の夜、愛してるってメール送ったのに返事がないの。私のこと嫌いになったのかなぁ…それとも浮気?もう不安だよー」 そんないつもの惚気を軽く聞き流して私はベッドの上で仰向けになり、昨日買った鏡を覗き込んでいた。むむ、昔つぶしたニキビの跡が見苦しい。 「…ねぇ、聞いてるの?」 「…聞いてるよ〜」 ……… 「…なにそれ。感じ悪い。」 ぷっ、という音の後で突然通話は途切れた。 液晶を見ると、通話していた時間が表示されているだけだ。 どうやらバイオレットは怒って切ってしまったみたい。私は半分やりきれない気持ちと、解放された気分に浸っていた。 でも、ふと気がつくと昨日の夜にボブくんから来たメールを反芻していた。 『二日酔い治ったか?』 いつものようにそっけないメール。だけど、なんだかどきどきしてしまう。返信するのに30分もかかってしまった。だって、だって、短いメールだって、なにかボブくんのハートにぐっとくる言葉がないかなって考えたら時間が経ってたのだもの。そして、送信メールボックスを開き、なにか誤字がないか確認してみた。 あーどうしよう。なんでこんなにドキドキするんだろう。私は手元のシンシアをぎゅうっと抱きしめた。もちろん頭の中にはボブくんを浮かべて。 「恋をすると、ドキドキの波がある」 Lesson3:恋の微分(極大・極小) 次の日。まぁ、月曜である。専攻の必修が月曜1コマとはなんてこと!いつものように大学に行ったら、事件が起きていた。 昨日、寝るときにボブくんから来ていたメールを暗記するくらい読み返し、ボブくんの笑顔を思い出した。夢に出てきてくれないかなーと淡い期待を抱いて寝たら、海の中に階段が現れて波をかぶりながら階段を登っていくというとても疲れる夢を見たのだった。がっかりだ。今日はいつもより早めに目覚ましをセットし、きっちり化粧をして出かけた。気合をいれすぎたおかげで、学校に来るまでのバスの中でマスカラの繊維が目の中に入り涙が出た。そして右目だけ、アイシャドーが薄くなり、マスカラがとれてしまった。もちろん教室に入るまでに化粧は直してきてばっちり。ボブくんに会ったらとびきりの笑顔であいさつをするつもりだった。あわよくば隣の席で授業を受けようかなーなんて。 なのに、なのに。ボブくんのカバンがあるだけで、本人はいない。さりげなく、近くにいたルーシーに聞いてみる。 「あのさ〜、ボブくん来てる?」 ルーシーは、声をひそめた。 「バイオレットと一緒に教室でてったよ」 いつも遅刻常習のバイオレットが私より早いとは。…どうしたんだ?? 「それがね…バイオレットはあんたが冷たいから相談したいって言ってボブくんを連れ出したよ」 えええ?私かい? ルーシーはちらりと左手の腕時計を見た。 「あと、5分で授業始まるね」 そんなことよりも、どうしてバイオレットがボブくんに相談なんてしなけりゃいけないのさ!ルーシーを問い詰めたかったが、私のボブくんに対する思いが知れると困るので残りの言葉をぐっと飲み込んだ。 時計を気にすること5分。先生と同時に後ろのドアからボブくんとバイオレットが入ってきた。 いつもは私の隣に座るバイオレットが今日はボブくんの隣に座った。私の前を通っても完全に無視。かろうじてボブくんは私と目が合うと困ったような目をして「おはよ」と言ってくれた。「お、おはよ」というのを聞かずにボブくんは私の前を通り過ぎていった。 …もちろん、この授業は頭に入らなかった。 次の授業は、私だけが履修している授業。気だるそうに立ち上がったところ、後ろからボブくんが声をかけてきた。バイオレットはつんとして教室を出て行った後だった。他の人には聞えないような密やかな声で。 「あのさ、昼飯一緒に食べない?みんなとは別で。」 突然の衝撃的一言により、私の脳みその電気配線はショートした。 ワタシとアナタ、イッショにヒルゴハン、タベル、アルネ。 「じゃあ、あとでメールするから」 そう言って、ぽんっと私の肩を叩いてボブくんは教室を出て行った。 …もちろん、次の授業も頭に入らなかった。 お昼休み。私はボブくんの指定した場所にいた。みんなは合同研究室か、食堂でお昼を食べていることだろう。私は「臨時の部会」とウソをつき、みんなから離れた。 ボブくんの指定したのは、大学の中庭にある大きな木の下。ここにはベンチがある。人通りは多いが、木陰になっていて薄暗いから意外と人からはバレにくい。いや、私とボブくんが会っているのは別にバレてもかまわないけど……やっぱりバレたら困るか。シャイな私は、彼への気持ちを人に話せない。もちろんバイオレットにもだ。シャイで通した私の名折れである。 一緒にご飯を食べるなら、もっとましなお弁当を作ってくるんだった。と後悔しているときにボブくんは現れた。 「ごめん。授業が長引いてさ」 と言いながら髪をかきあげて私の横に座った。 ボブくんはカバンの中から袋に入ったパンを取り出した。 「まぁまぁ、どうぞ」 と促され私もお弁当を開けた。 しばらく無言で食べていた。ボブくんが2つめのパンの袋を開けながら核心を切り出した。 「あのさ、バイオレットのことなんだけど」 私はどきりとして、フォークを取り落としそうになった。行く先の定まらないフォークはアルミでできたお弁当箱にあたり、かちん、という音を立てた。 「どうして喧嘩したの?」 ボブくんは首を傾げて私の方を向いた。そのとき風がさあっと吹いて、ボブくんの髪を軽く揺らした。 「ん…喧嘩って言っても…」 「まぁ、いつものバイオレットのわがままってのは分かるけどさ、あんだけ怒っているのも珍しいからさ」 「まあね。」 私は努めて冷静になろうとしていた。 でもね。 好きな人が隣にいて、こんな距離で、冷静になれって方がムリ! 「ごめん、気を悪くしたかな?」 ボブくんが私の顔を覗き込む。 「ううん、そんなことないよっ」 フォークを持った右手を振ってアピールした拍子に、ひじがあたりひざの上に置いてあったお弁当箱のふたが草の上に落ちた。慌てて横にお弁当箱本体とフォークを置いてふたに手を伸ばすと、拾ってくれたボブくんの手とぶつかった。 「あああ、ごめん!!」 …ボブくんの手は、温かかった。 「なんか、今日は変だな。もしかして、まだ酔ってるとか?」 「やだ、お酒飲んだのおとといだよ」 ふたりでふふふ、と笑う。 「今は、バイオレットもつらいときなんだって。それに、バイオレットは意地っぱりだから仲直りしてあげて。」 こうしてふたりの、お昼ごはんは終わったのだった。 私の胸は、苦しくなる。それは、心臓がバクバクいうからである。 「恋をすると、他人との温度差が気になる」 Lesson4:恋の領域 午後の授業。また顔をあわせたバイオレットを間髪入れずに呼び止めた。 「昨日は眠くて、上の空だったんだ。話を聞いてあげられなくてごめんね。」 とたんにバイオレットはにっこり笑い、 「今日、講義終わったらつきあうように」 と高らかに私に告げた。 嫌な予感がする。 3コマの授業中。私は密かにメールを送っていた。それは、同じ専攻の後輩、つまりはバイオレットのカレシにである。とっとと仲直りしやがれ。じゃないとシメルぜこのやろう。と物騒な言葉を書き連ねた。後輩は、浮気はバイオレットの邪推だということ、自分も飲んでかえってきた後でメールを送るのが億劫だったこと、謝ろうとするとかえって怒らせることになるのでそのうち私に仲介を頼もうと思っていたことなどをメールで送ってきた。 授業が終わると、後ろのドアから後輩くんが入ってきてバイオレットの前に立った。彼女は私に見せたような態度とは違い、目が泳いでいる。 「な、なによ」 目をそらしながらバイオレットは後輩くんに言った。 そこで後輩くんはがばりとバイオレットを抱きしめた! 「ごめん」 バイオレットにはその一言で十分だったようだ。めでたし、めでたし。 …という訳で、バイオレットを後輩くんに預けて帰ろうとした私であったが、やはりバイオレットに捕まった。そのまま大学を出ると、喫茶店に連行された。後輩くんも一緒である。こんなんじゃ、せっかく後輩をけしかけた意味がない。 店内に2つしかないソファーの席を、バイオレットは好む。そして今日もそうだった。2人がけのソファーには当然2人が座り、向かいの席に私が座った。始終二人でべたべたして、見苦しいったらありゃしない。 「…でね、今回はこじれそうになったから私は仲を取り持ってもらおっかなーと思ってたのに、そっけないんだもん。頭にきちゃった。」 パフェを食べるバイオレットはそう言った。今回の私との喧嘩はそういう真相だったようである。後輩は、オレたちやっぱ気があうね、なんていいながらバイオレットの口の端についた生クリームを指で拭い、自分の口に持っていった。見ているだけで背筋がぞわぞわした。 「で、あんたは最近どうなの?」 私はケーキを喉につまらせた。ごほごほとしていると、後輩が水を差し出した。気の利く奴だ。 「え、あたし?なんもないよー。大学に入ってから誰とも付き合ってないってバイオレットは知ってるじゃない」 これは、大学に入ってから言い続けた言葉である。 「うそ。案外私が電話したときにそっけなかったのはベッドに誰かいたからだったりして。」 バイオレットは私の目をじいっと見た。 「いや〜先輩って、もてそうなのに。」 と、後輩が畳み掛ける。 「やだなー、そんなわけないじゃん」 あ、このイチゴおいしい、などと話をはぐらかそうとするとバイオレットが横目で私を見た。 「ボブくんだったりして」 私のフォークは止まった。3秒くらい時間が止まった。 「ぷっ、何よその反応。分かりやすい。」 「あ、あ、なんだ、その、ボブくんとは一緒に帰っただけでして」 「酔って送って行ったあとはねぇ、イロイロあるもんじゃない」 と言ってバイオレットと後輩は目を見合わせた。そして、後輩がうっすら頬を赤く染めた。 バイオレットは甘い声で、やだ、私たちのことそこまで言わなくてもいいよね、などと言って彼の腰に手を回した。いつも見慣れている二人だとはいえ、男の肩にもたれかかる親友を目の前にしてどうしていいのか私も分からない。 「ボブくんには、付き合ってる人もいないらしいし今がチャンスでしょ」 と言いながらバイオレットはパフェの底のコーンフークをさくさく音を立てて食べた。後輩の手はバイオレットの肩に回されている。 「オレらも応援しますから」 という後輩とバイオレットを残し、私は席を立った。ごちそうさまーと言って後輩に伝票を押し付けて退散した。 帰り道、あちこちのお店の前を通り、私の姿をガラスに映してみた。私はいったいボブくんを本当に好きなのだろうか?ボブくんに魅かれる決定的な理由は、まだ見つからない。 「恋をすると、理由が欲しくなる」 Finale:恋の証明 火曜の朝。今日の朝は夢を見なかった。爽快な目覚めである。少しひんやりした空気が気持ちいい。 昨日の夜は、ボブくんのことを考える間もなく寝てしまった。バイオレットたちの毒気にあてられたのかもしれない。 窓に近づきカーテンを開けた。昨日の夜中は雨が降ったようである。隣の屋根のトタンがきらきらして見える。 窓を開け、深呼吸をする。ぼんやりしていた頭がしゃっきりする。 きょうも、大学かぁ。 今日の授業のことを考えるうちに、ボブくんと同じ班の実習があることを思い出した。私、課題のプリントアウトを忘れてた。急いでノートパソコンの電源を入れる。 そういえば、先週レジュメを作り忘れていた私のために授業を休んでくれたのは、バイオレットでもなくボブくんだった。ボブくんは優しいなぁ。 そんなことを考えていたら、急に笑いたくなった。私の隣ではプリンターがガガガという音を立てている。なんだっていいじゃない。私は、今は、ボブくんが好き。窓から道路を見た。小学生たちは登校の途中である。金木犀の香りがする。 ああ、そういえば。 あの夜、ふたりで坂道を歩いていたときにボブくんは。 金木犀の香りが好き、と言ったんだ。トイレの芳香剤の香りだけどな、って。 私も好き、と言ってボブくんをみると、どうしてか真剣な顔のボブくんが私を見つめていた。私と目が合うとにっこり笑ったのだった。 ボブくんのその瞳の鋭さに私はびっくりした。そしてドキドキした。 よし、ボブくんのあの瞳を見るために。今週も飲み会だ!! |