「風砂の末の決意」  鎌田玄英

※ この話は、史実を基にしたフィクションです。
※ 実際の歴史とはかなり異なる部分があります。

 目覚めのきっかけは、痛みだった。
 弾は右肩を貫通したようだったが、傷口が化膿したために、腐臭と血膿が沸きおこっている。
 それを拭おうと触れた布が、盛胤を眠りから引きずり出した。

 「も・・・盛胤様!お目覚めになられましたか!」
 「・・・あれから・・・どのくらい経った?」
 「・・・五日は・・・経ちました」

 まだ重い瞼を必死で開き、自分の今ある状況を確かめる。
 じめじめとした空気と岩肌、青くさい臭いは、此処が草木に覆われた何処かの洞穴であることを示していた。
 おそらくは、残党狩りを逃れての事だろう。
 自分の他、二人しか見当たらない事を考えると、どうやら結果はこちら側の惨敗であったらしい。

 「盛重様は・・・無事か?」
 「恐らくは常陸の方角へ行かれたかと・・・」
 「そうか・・・ならばよい」

 常陸まで行けば助かるだろう。
 壊滅的ともいえる敗戦であったが、主君がまだ生きているとなれば、再興の機会はあるかも知れない。
 おぼろげではあるものの、主君の安否が分かり、盛胤は安堵のため息をついた。
 しかし、それもまた痛みに変る。
 まるで焼けた火箸で患部をつつかれるような痛みに、思わず腕に力を込めたが、込めたものの、腕は思うように動かない。
 痛みはあるが、それ以外の感覚が失せてしまったようだった。
 「使い物に・・・ならぬか」
 利き腕がこれでは、さぞ不都合が生じるだろうと、何故かそんなことを考えた。
 銃創が熱を持っているためか、酷くだるい。
 話すのも億劫だったので、盛胤はそれ以来口を紡いだ。
 正確には、談笑するような雰囲気でなかったからなのかも知れないが、何れにせよ、岩肌を滴る雫の音以外がしない時がしばし流れた。
 その静けさの中で、盛胤は五日前を思い出していた。

 父の裏切り
 長年仕えてくれた家臣たちの死
 戦線離脱
 肉を断つ鈍い感触
 視界を覆う砂塵

 五日前は、こうなるとは思いもしなかった。
 今頃は、片目の首級を肴に、盛重と酒を飲んでいるはずだった。
 裏切り者の父を討ち、伊達を壊滅させ、一気にその残党を狩り・・・

 「将監殿」

 不意に沈黙が破られた。
 自然と口から出たのは、師と慕い、兄と慕った強面の名であった。
 「将監殿は・・・如何なされた」
 その名が出た瞬間に、側に居た男の、盛胤の額の汗を拭う手が止まった。
 俯いた顔からは嗚咽が漏れ出す。
 「富田・・・富田将監殿は・・・」
 入り口を見張っていた別の男が、震える声を張り上げた。

 「富田将監様、討ち死になされました」

 言い切った後で、男は泣き崩れた。
 洞穴の音響効果が手伝って、薄暗い中に悲愴が谺する。
 「そうであったか・・・」
 予想はしていたことだった。
 最後の一兵になっても戦い抜く、そういう男なのだということは分かっていた。
 『俺は蘆名の牙となり、盾となる』
 それが口癖だった将監は、その言葉どおりに戦って、そして死んでいったのだろう。
 「・・・盛胤様・・・」
 「何だ」
 「実は、私は・・・あの戦の折に・・・将監様の隊に居りました」
 入り口の男が涙声で話し始めた。
 「見たことのない顔だと思ったが・・・そうか。お前は将監殿の家中の者か」
 「はい。あの時・・・将監様は・・・裏切り者の太郎丸掃部を討ち果たしましたが・・・ご自身も撃たれ・・・最早助からぬ状況と相成りました」
 そう言いつつ、男は傍においてあった包みを手にした。
 「将監様は・・・馬から落ちた後に・・・し・・・首級をとられ・・・」
 それを大事そうに抱え、盛胤の臥す所まで歩み寄る。
 「私は・・・将監様の首級をとった輩を・・・・・・この手で討ち・・・」
 「まさか・・・それは・・・」
 痛みを忘れ、盛胤は思わず起き上がった。
 
 「首級を・・・取り戻しました」

 砂埃で茶色に染まった布は、所々が乾いた血で染められている。
 大きさは丁度人の首くらいで、中身が何であるのかは、想像する間でもなかった。
 「将監様は・・・戦闘の始まる直前まで・・・盛胤様の事を気にかけておられました」
 「私を?」
 「御父上を討とうと・・・気の逸るあまりに取り返しのつかぬ事にならねばよいが・・・と」
 男の顔は、涙と鼻水で見るに耐えぬ状況になっていた。
 聞き取り辛い涙声で、嗚咽交じりに語りかける様子に、盛胤の傍にいた男もまた、同じ顔になっていった。
 「そして・・・将監様は・・・盛胤様は蘆名になくてはならぬ猛将になると・・・もし、将監様が討ち死になされても、代わりに立派な蘆名の支えとなると・・・そう申しておりました」
 「・・・まことか」
 「まことにございます。・・・将監様は・・・盛胤様と・・・勝利の酒を飲み交わそうと・・・っ」
 「・・・もう・・・よい」
 しゃくりあげる男が話そうとするのを、盛胤は制した。
 「よく、取り戻してくれたな」
 労いの言葉をかけてやると、男は先刻よりも大きな声を上げて泣き崩れた。
 あまり大きな音を立てては、残党狩に見つかる可能性があったが、男の胸中を察すると、盛胤にはそれをしかることが出来なかった。

 「将監殿・・・」
 
 盛胤は、将監の首級の前に膝をついた。
 「貴方は、とても立派な方でした」
 手を合わせ、すっと瞼を閉じると、彼に稽古をつけてもらった日々が、浮かんでは消えていく。
 「蘆名は、手痛い負け戦となりました。これから、伊達は益々強くなるでしょう。・・・それでも・・・私は」
 目を開ける瞬間に浮かんだのは、最後に見た彼の顔。
 『これが終わったら、ともに酒を飲もう』
 そう言って、滅多に見せない笑みを浮かべた将監の顔であった。

 「たった一人でも・・・父と・・・あの片目を討ち取り・・・将監殿の墓前へ報告いたします」

 普段ならば、『頼もしい奴じゃ』と言い、頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれる大きな手も、低くて威圧感のある声も、何も無かった。
 もう物言わぬ彼は、ただ盛胤を見つめていた。
 『立派な蘆名の支え』という、将監の言葉が無ければ、この場で泣き崩れ、狂ってしまったかもしれない。
 
 (未だ・・・私の戦は終わっていない)
 
 盛胤は、恐れることなく布を解いた。
 
 (これからだ)

 そこに居た将監は、滅多に見せない笑みを浮かべていた。





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