くり抜いた眼球(特別短縮版)
果たされぬ口約束

12月24日、お約束の赤い服を身にまとい僕はバイト先へと向かった。最近のサンタは交通費が出ない。社会保障もどうやら一度労働基準法をじっくり見る必要があるくらい貧弱極まりない。サンタの仕事は地面が凍結していたり、暗闇での仕事なので危険極まりない、マジ死と隣り合わせなのにね。その代わりと言ってはあれだが、このサンタの衣装代はしっかり1000円取られた。胸にGood Wii(派遣会社名)と書かれたサンタの衣装だ。僕は一日限りの仕事に衣装代を取るのかと文句を言った。するとGood Wii社員は僕に言った。
「別に他の派遣の仕事でも使えますよ。むしろその服なら仕事中返り血を浴びても大丈夫じゃないですか」
返り血を浴びる仕事とは何だろう、子どもの僕にはわからない。
 派遣会社に着いた。そこには胸にGood Wiiと書かれた赤い服のサンタがいっぱいいた。そして、一人一人に付け髭と顧客名簿(子どもの名前と希望商品等が書かれた紙切れ)が渡された。そして、一人一人にソリとトナカイが配布された。僕はトナカイの「中の人」に挨拶した。
「よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
 僕はトナカイの中の人が良い人そうだったので安心した。トナカイとそりが合わないと、なかなか仕事が進まない。経費削減ばかりを叫ぶ経営者によって、サンタクロースの仕事もぎりぎりの人数でやっている。だから、仕事はこの上なくスムーズにやらないとプレゼント配布がクリスマスではなくなってしまう。そうするとお客様である子どもからクレームの電話が引っ切り無しに鳴るようになる。クレームが多いと来年以降、Good Wiiに仕事の以来が来なくなるから、Good Wiiはトラブルの隠蔽体質がある。まあそれはどこの派遣会社も同じ事だ。
 サンタクロースが列を作り並ぶ姿は異様だ。僕は六班を命じられた。僕ら六班は仙台市青葉区の一部を担当らしい。僕は六班の皆様方と外へ向かった。その六班の中にこの道一筋四十二年のベテランサンタクロース(嘱託職員)の川島さんがいた。
「今日はよろしくお願いします、川島さん」
「今年も来てしまったよ。私はただただ子どもの笑顔が見たいだけでこの仕事を続けているよ、子どもたちの嬉しそうな笑い声、それが一番の報酬さ」
 という川島さんだが、彼は実はキャバクラ通いのサンタクロースだ。金がないのに50分1万8000円のヘルスにもよく通う。パチンコ依存症でもあり、これらが災いして消費者金融からの借金も180万円に上る。一番の報酬がどうたらじゃなくて、一番欲しいのが報酬の間違いだろう。
 外はバナナで釘が打ててしまう恐れのある寒さだった。
「寒いときはこれで温まるのが一番よ」
川島さんは既にワンカップ片手のサンタクロースになっていた。服が赤いからといって何も顔まで赤くする必要などない。川島さんの顔はすっかりクリスマスカラーだった。ソリが揺れるせいか川島さんはうまく酔いが回ってきたようだ。同じ子どもたちに夢を与えるサンタクロースとしてどうかと思う。
寝静まりかけた街中を僕らはソリに乗って進んだ。川島さん以外の六班の人とは面識がない。隣を走っていた山岸さんは、どこか真面目で堅そうで取っ付きにくいかと思ったが、僕も購読している雑誌、月刊「TEKAGAMI」を読んでいると聞いて打ち解けることができた。今月号の「上草元教授独占インタビュー」はもう読んだのだろうか?
 会話が止まったので、僕は川島さんに話し掛けた。
「いやあ、寒いすね、早く済ませて帰りたいもんですね」
 すると川島さんは言った。
「半端な気持ちでサンタをやる奴は消えろよ。やる気のない奴は帰れよ。まさに命懸け、本気でサンタの仕事に取り組めない奴がやっていける程この世界は甘くはないんだよ」
 じゃあ、まずお前はワンカップを置けよ。何小説二ページ目にして説教モードに入っているんだよ。あとついでだから言うけど、もう根拠のない夢を語るのはやめてほしい。痛々しいから。夢を与える仕事だから、その夢を与える奴にも夢や希望があるとは限らないんだよ。ある一定水準の努力が伴わない夢なんて空虚以外の何物でもないんだよ。などと思った。
「俺も昔は地元じゃちったあならしたサンタだったんだよ」
 川島さんは過去の栄光? を語りだした。誰も聞いちゃいねーのに。まさにヤンキー上がりの工事現場のおっちゃんが、休憩時間に「俺も昔はワルだったのよ」なんて語る言い草でよ。この事態の収拾に山岸さんが乗り出した。
「まあお二人さん、ちゃっちゃと仕事を片付けてしまいましょうよ」
 山岸さんの物腰は柔らかで、顔も笑顔を作っていた。あれ!? でも目が笑っていない。むしろ、可哀想なものでも見るような眼差しで僕たちを見ているのは気のせいだろうか。よく見ると顔に浮かべている笑顔も安っぽい笑顔だった。僕は山岸さんから目を背けた。
「やべえ、寒いな、このサンタの衣装見かけによらず薄手だよな」
 と言って山岸さんはサンタ特有の赤い服と帽子、白髭すら脱いで厚手のセーターとコートを着込んでしまった。お前もう完璧サンタじゃねえんじゃね?
「大丈夫、俺心はサンタだから」
 いや何が大丈夫なんだか三十字以内に簡潔に述べてほしい。お前心がサンタなら何でも許されると思っているのか? いくらサンタだと主張してもその格好で他人の家に入ったらご愛嬌じゃ済まされねえぞ。そう心配する僕を尻目に川岸さんは、根拠の無い自信を伴い北仙台の方へと消えていった。川岸さんだけでなく、長命ヶ丘のイトマンスイミングスクールの所まで来ると、六班の面々もそれぞれの分担区に消えていった。僕は最近テナントの撤退が著しい荒巻セントラルプラザの脇を通り貝ヶ森へと向かった。貝ヶ森へと向かう道は急な坂もあり、いい汗かけると思った。今頃中山の坂を上っている川島さんも同じ気持ちだろう。実際トナカイにだけ引かれていくのは無理だ。特に下り坂ではバランスを崩すからステンレス製のソリから降りてほしいとトナカイから言われていた。
「トナカイの中の人とか言わないでくださいね、子どもの夢を壊すから。大人の事情ってことでね……」
 トナカイの内臓的部分から声が聞こえる。子どもの夢を壊したくないなら、まず二足歩行をやめたらどうだ?
「いやそれやると明日腰痛くなりますから。Good Wiiは派遣先企業の手前なかなか労災保険の申請を許可してくれないし……」
 トナカイは煙草を吸いながら哀愁を漂わせ言う、子どもの夢なんてあったもんじゃないね。
 僕らは貝ヶ森に着いたので顧客情報リストを見た。顧客情報リストには、住所・氏名・年齢・ほしいプレゼントの内容・電話番号・お母さんが本当のお母さんじゃないということを告げられた年齢が書かれていた。顧客NO、1、県議会議員の一人娘荒木 瞳ちゃん(11)の自宅へと向かった。彼女のほしいプレゼントは「他人が羨むバック」であった。最近は小学生も世間体ばかりを気にするようになったのだろうか? ちなみに、プレゼントは玩具または子ども向けの小物に限定されている。僕はプレゼントの詰まった白い袋からハートマークの入ったバックを取り出し、瞳ちゃんの家のドアを力強く開けようとした。開かない。どうしても開かない。鍵がかかっている。当然だ。じゃあどうやってプレゼントを配布するのだろうか。こんな時は配布されているサンタクロースマニュアルに従うべきだ。僕らは全国一律のサンタクロースサービスの確保のため、マニュアルの遵守が義務付けられている。解決法は後ろの方に書かれてあるQアンドAのコーナーに書かれていた。

Q、23 プレゼントを配る家に鍵がかかっていた場合はどうするのですか?
@ ハリガネのようなものでドアを頑張って開ける。
A 窓にガムテープを貼り、最低限の音しか鳴らないようにして窓を割り、その窓から侵入する。

そうかそうか、あの時の講習はこんな時のためにあったのか。単なる犯罪者を作るピッキングの講習会だと思ったよ。サンタクロースのための正当な講習だったのね。僕はそう思い、懐からハリガネを取り出し、ドアの鍵の部分に差し込んだ。五分後、扉は自ずから開いた。家に侵入することには成功した。プレゼントを配る瞳ちゃんの部屋は二階の階段を上ったすぐ左の部屋だ。僕は階段を上ろうとした、その時、
「誰だ貴様!」
 僕は驚いて振り返る、この家の旦那だろう。僕はマニュアルにある家の人に見つかったときの対処法のページを思い出すのに必死になった。だが、振り返って旦那を完全に認識する頃には、旦那は地面に倒れて気を失っていた。
「!?」
 トナカイの仕業だった。旦那に見つかると瞬時に旦那の首筋をチョップし失神させた。思いがけない素早さと技のキレ。な、なんて頼りになる男、いやトナカイなんだ。僕はお前の知られざる実力について六年前から気づいていたけどな。
「今度お前を僕のボディーガードとして雇おうかな」
「見積もりまでなら無料ですよ」
 僕は旦那さんが冷たくなっていることに気づきもせずに二階へと向かった。トナカイは、
「県議会議員を足蹴にできることなんてそうはないから」
 と言って旦那を踏みつけながら、ここに留まって様子を見ると言った。
「これが瞳ちゃんの部屋か・・・・・・」
 僕は入った。当然のように暗い部屋に少女が無防備にも寝ていた。僕は僕が過ちを犯さないか心配になった。僕は踏みとどまって、少女の枕元にプレゼントであるハートマークが入ったバックを置こうとした。次の瞬間、なんと少女は目を開け起き上がった。僕は驚き半歩後退した。少女は言う。
「おじさん何しに来たの?」
 僕はサンタクロースマニュアルを思い出し答えた。
「ふぉふぉふぉ、私はサンタクロースだよ。君に渡したい物があって来たんだ」
「何を渡すの? 引導?」
「引導は大変恐縮だけどちょっと違うよ。渡すのはこのハートマークの入ったバックさ。ほらよ」
 プレゼントを受け取った少女は特に子ども特有と言われる無邪気な笑顔を見せることなく、
「ありがとう、良いクリスマスを」
 とだけ言った。そもそも子どもが無邪気だって考え自体間違いだと思うね。子どもは子どもなりの打算や考えを持って生活しているのだ。ただその考えが時に大人の理解の範疇を超えたものだったりするから、その子どもを見て大人は無邪気と言う言葉を当てはめるのではないだろうか。まだ子どもの僕にはわからないが。だから、僕はハートマークの入ったバックを無表情で見つめる少女が何を考えているのかはわからないけど、ただ、
「良いクリスマスを」
 とだけ答えその場を後にした。
僕とトナカイは次なる目的地へと足早に向かった。その途中で僕は口走った。
「俺もさ、後十年もしたら今の荒木家のような所帯を持つようになるのかなあ」
「お前と結婚してくれる女がいるとすれば、それはほとんどボランティアに近いけどな」
 あれ? 今トナカイ毒吐かなかった? 空からは雪が舞い降り、誰も頼んでいないのにホワイトクリスマスを醸し出そうとしていたのだった。僕らの進む未来には希望なんて気の利いたものはありはしないけれど、明日という日を迎えるために、僕らは今日も愚鈍な日々を過ごさなければならないのだ。
 次のプレゼントの配布先は、大手IT企業取締役の息子・山崎将太君(10)であった。将太くんの希望するプレゼントは、「くり抜いた眼球」であった。何で小学生がこんなもの求めちゃっているの? どこまで屈折すれば気が済むの? でも僕はきっと将太くんが「くり抜いた眼球」無しには生きられない人間なのだと思い、彼の家へと進んだ。
 将太くんの家も鍵がかかっていた。僕がハリガネを取り出そうとすると、それを制止してトナカイは言った。
「これマスターキー……」
 いやそんな便利な物があるなら最初から出せよ。何ちょっと満足げな表情なんだよ、などと思いつつも、僕はマスターキーで将太くんの家の扉を開けた。将太くんの部屋は居間を通り抜けた奥の部屋だった。完璧に気配を断ち切った僕らは、誰にも気づかれることもなく将太くんの部屋に侵入した。将太くんは思いっきり寝息をたてて寝ていた。その顔は可愛くなかった。清純な子供の寝顔を持ってしても補いきれていなかった。人間に進化しきれてなかった。きっと思春期にはその顔面の作りにさい悩まされるであろうことは僕が保証する。
「無意味な人生に、せめて良いクリスマスを……」
 将太くんは殊勝にも靴下なんてものを置いちゃっていた。僕はその靴下にプレゼントである「くり抜いた眼球」を入れ、その場を後にした。
 雪は積もりつつあった。県議会議員補欠選挙は雪の中での選挙戦になるだろう。次の目的地へと向かう途中、僕は熱心に働く人影を見た。女手一つで子どもを育てながらサンタクロースをしている西村さんだった。彼女は、
「児童扶養手当も三年後に段階的に削減されるわけでしょ。子どもをできれば大学までやりたいし、だから今から必死こいて働かなければあかんのよ」
 と言っていた気がする。彼女は数年前まで夜の蝶だった。今は白髭のサンタクロース、転職もここまでくると神の領域だ。僕は彼女を一瞥すると、すぐに目をそらし、自分の進行方向へと顔を向けた。トナカイは言った。
「今俺少しだけ優しくなれた気がするわ」
「その優しさでこの腐りきった世の中をなんとかしてほしいものだね」
「俺の優しさなんて、スーパーで買い物袋を断るぐらいの優しさだよ」
「地球に優しい男って憧れるね」
 雪がしゃれにならないよってくらい降り積もってきたので僕はボルテージ下がりっぱなしだった。僕は言った。
「サンタの仕事って雨天中止ってないのかよ」
「その役に立たない口を閉じて仕事に没頭すればすぐ終わるさ」
「それにさ、サンタの仕事って夜中じゃん、孤独と抱き合わせじゃん、だから全然女との出会いがないんだよね。サンタの仕事さあ、来年からなんとか昼間にできないかなあ」
「その昼間ならまるで女と知り合えたよみたいな口ぶりやめてくんない? お前には到底到達できない領域の話だよ」
何故かトナカイが雪のように冷たいので僕は話すのをやめた。僕らは次のプレゼント配布先である大塚家に着ていた。大塚昭博君(12歳)の希望のプレゼントは「くり抜いた眼球」であった。またかよ。今巷の小学生の間では「くり抜いた眼球」が流行っているのかよ。
大塚家の扉は当然閉まっていた。
「トナカイ、またマスターキーを貸してくんない?」
「すまないがサンタ、とてもじゃないがマスターキーをお前に再び貸すことはできない。一晩に一度までしか使えない、それがマスターキーがマスターキーと呼ばれる所以なんだ」
 トナカイはよくわからないことをしゃべり出した。そんな設定どこから持ち出したんだ?
「代わりと言ってはあれだが、この『さいごのカギ』を使ってくれ」
 開いた。トナカイは色んなもの持っているな。それがトナカイがトナカイと呼ばれる所以なのか?
 大塚家に入ると、広い廊下に何も置いてない道が続いていた。急いでいるから通りやすいのは良いことだ、と僕は足早に進もうとした。するとそれをトナカイが制止した。
「これを着けてまたこの廊下を見てみろ」
 赤外線スコープだった。どこから取り出したの? 僕は赤外線スコープを着けて再び廊下を見た。なんと幾多にも複雑に交差した赤い線、おそらく赤外線センサーが見えた。本当にこの家は僕たちを迎え入れる気があるの?
「俺たちは試されているんだよ、本当のサンタとしての資質をな」
 そうなの? 試す必要なんてこれっぽっちも存在しないと思うのだけれど。 
「ここは俺にまかせてくれ、サンタは外で待っていてくれればよい」
 僕はトナカイの指示に従って外で待っていた。待つこと15分、トナカイは出てきた。無事出てきてよかった。だが、一つだけ疑問が残るのは、今お前マスターキーで大塚家の鍵閉めなかったか?
「マスターキー? 何それ? 美味しいの?」
 信用できない奴ってこの世に溢れていると思うんだよね。まあそんなことはどうでもよい。僕らは次々とプレゼントを配りつづけなければならない卑しい身分なのだから。雪も実にサディスティックで、僕らが寒さで縮こまるのを見て楽しんでいるのだろう。
「なあトナカイ、次は誰に配るんだ?」
「次は小林 岬ちゃん(8歳)、社長令嬢だぜ」
「希望するプレゼントは?」
「え〜と、・・・・・・あったあった、『失われゆくかつての町並み』だ」
「こいつ本当に8歳かよ。そもそも『失われゆくかつての町並み』って玩具じゃねーじゃねーかよ!」
「時の為政者にとって市民やその市民の暮らす生活環境など所詮玩具のようなものであって・・・・・・」
「聞きたくもねーよ、お前のどうでもいい価値観なんて。『失われゆくかつての町並み』なんてどうやってプレゼントするんだよ」
「これはあくまで勘だがね、その答えを自ら導き出すことが、サンタがサンタでいられるために不可欠な要素である気がするんだ」
「そんなまるで役に立たない勘は早目に捨て去れよ。それと何でお前トナカイのくせにさっきから当たり前のように喋っているんだよ」
「トナカイと一緒にすんじゃねーよ。よく見ろよ、人間の血が通っているだろ」
「こいつあっさり初期設定無視しやがったよ」
 岬ちゃんの家にたどり着いても答えまではたどり着かなかった。考えてみると『失われゆくかつての町並み』ってプレゼント上限額の二万六千円を若干超えてねえ? 僕は考えた末、『失われゆくかつての町並み』の代わりにA列車で行こう7を枕元に置いた。実際のプレゼントに至らない分は愛情でカバーということで。やりこんでほしい。
 もうどれぐらいプレゼントを配ったのだろうか? 時計の針は午前二時三十分を迎えていた。肩に降り積もる雪でさえ十分すぎるぐらい積もった。
「なあ、あのラーメン屋で温まっていかねえ?」
 トナカイは言った。ラーメン屋、確かに悪い考えじゃない。だが、一つだけ問題がある。あのラーメン屋というのがどのラーメン屋だか僕には全く理解できないということだ。一面雪景色の住宅街のどこにラーメン屋があるのだろう? 寒さでトナカイには幻覚が見え始めていた。
「俺南国育ちだから寒さに弱いんだわ」
 と既にトナカイである自覚も誇りも捨て去っちまったトナカイは言った。
「なあ、あの川の向こう側温かそうじゃねえ? お花畑も広がっているし」
「その川は渡っちゃいけないよ」
「何で?」
「別に止めはしないけどさ、未だかつて誰も戻ってこないことで有名だよ」
 僕とトナカイは次なる目的地へと急いだ。既に貝ヶ森での配達は終え、僕らは山手町に戻ってきていた。
「おいトナカイ、次は?」
「橋本雄平君(6歳)、ほしいクリスマスプレゼントは『人の心の闇に見え隠れする真実』」
「いや6歳がほしがるものじゃないから。てか完全に玩具じゃないから、実体のないものだから。むしろ、弄ばれている感のある僕たちの方が玩具にされているよね!!」
「俺もたどり着きたいよ、真実に」
「ああ、この仕事が終わってからいくらでもたどり着けばいいさ、お前なら見つけられるはずさ」
 雄平君の希望するプレゼントは目に見えない物だから、せめて目に見える物として枕元にチロルチョコを置いておいた。
「トナカイよ、さくさく行こうぜ、次は?」
「作家の一人娘、藤井和葉ちゃん(4歳)、希望するクリスマスプレゼントは『ヒロポン』だね」
「『ヒロポン』ってあの漫画・サザエさんの原作で作家のイササカ先生が服用していた薬物?」
「そう。サザエさんは戦前・戦中・戦後に連載した漫画だからな。当時の作家はドラッグを服用して創作活動に励むなんてことは珍しくなかったらしい」
「でも一つだけ言えることはあれだな、クリスマスのプレゼントに『ヒロポン』はねーだろ!!」
「アリじゃね? そのプレゼントに心がこもっていれば金額の大小、物の良し悪しなんて問題にはならないんだよ。お前は何を古い考えにこだわっているんだ、サンタ?」
「あれ? 何か僕が間違っているみたいな流れになっていない? おかしいよね? 四歳児のクリスマスプレゼントに『ヒロポン』はないよね!?」
「お前何にもわかってないのな。だからお前はいつまで経ってもサンタなんだよ。和葉ちゃんがさ、どんな気持ちでクリスマスプレゼントに『ヒロポン』を求めたかわかるか? いやわかるまい。いいか、四歳児にして和葉ちゃんはな、この混沌とした世界の矛盾に失望してしまったんだよ」
 よくわからないけどちゃんと行政から認可が下りたプレゼントなので配布することにした。和葉ちゃん宅は鍵が掛かっていてなおかつセコムにも入っていた。だがもはや侵入のベテランとなった僕らにはそんなことどうでも良いことだった。家に侵入し、和葉ちゃんの部屋に向かう途中、居間では昨晩行われたであろうクリスマスパーティーの余韻を残すように、残った食べ物や飲み物が置かれていた。トナカイはそれをタッパーに詰め始めた。家庭的なのはわかったからやめてくんない? 本当にやめてくんない?
「サンタよ、最近の俺が三食そうめんだとしても、それでもお前は俺にタッパーに詰めるのをやめろと言えるのか? やめさせたいなら止めてみろよ、刺し違えてでも俺はこれを持ち帰るぜ」
 刺し違えたら持ち帰れないけどね。僕はトナカイの行動を黙認して一人和葉ちゃんの部屋に入った。和葉ちゃんの部屋は夢見る少女の部屋なんかではなく、どちらかと言うと無印とか通販生活とかそっち系の部屋だったので、正直ちょっと嫌だった。
「じゃあ、次に会うのは法廷ということで・・・・・・」
 僕はびびってベットの方を見た。和葉ちゃんの寝言だった。僕はホッとすると共に、どんな夢見てんだよって心の中で突っ込んだ。最近の四歳児は侮りがたい。僕は和葉ちゃんのベットへ無造作に『ヒロポン』を置くと、そのまま退室した。居間に戻ると、トナカイがその部屋の貴金属を懐に収めていたので、この部屋の貴重品が根こそぎなくなる前に外に出ることにした。
 僕らは川平にたどり着いた。昔僕らが遊んだ川平のジャスコの遊具は今では店舗ごと跡形もない。頭上でアンパンマンを放映する隣の歯医者だけが今も存在する。僕らは雪が積もる川平の住宅街をひたすら進んだ。
「なあサンタよ、次の目的地はまだか?」
「おかしい、実におかしい。もう既に着いていてもおかしくない場所にいるのに。もしかして迷ったのだろうか?」
「はあ? お前もう既に人生と言う名の迷路に迷い込んでいるのにまだ迷い足りねーのかよ」
「おいおい、道に間違えることぐらい誰だってあるだろ? そんなに責めるなよ」
「お前の人生はそうやって言い訳だけがうまくなっていったんだな」
「トナカイ、お前は川平に詳しくないのか?」
「いやトナカイは北欧育ちだから! こんな島国知らねーから。川平なんて青葉書店の品揃えの良さぐらいしか知らねーよ」
「それぐらい知ってれば十分だろ!! むしろお前川平生まれだろ?」
「俺は地域密着型のトナカイなんだよ」
 トナカイは本当に時間が経つほどふてぶてしくなっていくな。そういうオプションなのだろうか? いや、今はそんなこと気にしている場合ではない。辺り一面雪景色で自分がどこを走っているのか自覚がない。現実感すら失いつつある。
「なあトナカイ、これ夢じゃないよな、現実だよな?」
「お前の偽りで塗り固められた人生の中で唯一と言っていいほどの現実だぞ」
「でもここどこだよ。何で360度雪化粧してんだよ。やべっ、やる気なくなってきた。マジサンタ帰りたい」
「おいしっかりしろよ。お前サンタだろ。お前はやればできる子だろ。俺がお前を評価できる部分といったら、その強い心だけなんだよ!」
「どこが強い心なんだよ?」
「もし俺が朝起きてお前になっていたら、即行で首吊っているね。もしくは練炭。でもお前は今日も生きている。その心の強さは評価に値するよ」
「よくわからないけどありがとう、僕もう少しやってみるよ」
 程なくして僕らは正しいルートを回復した。その時の喜びを一字で表現すると「悦」だった。
「次はこの家で合っているな? トナカイ」
「ああ、三島裕樹君(9歳)、希望するクリスマスプレゼントは、『なんかの割引券』だ」
「投げやりだな」
「ああ、投げやりだな」
 まああれなんだよね、サンタクロース制度を活用できるのは、特別短縮版だから説明がカットされているけど、裕福な家庭に限られるわけなんだ。だから、当然ほしい物は大抵買い与えられているわけだよね。だから、今さらサンタに来てもらってもほしい物なんてない子どもが多い。今ならサンタへ希望するプレゼントに「くり抜いた眼球」とか「人の心の闇に見え隠れする真実」といったお金で買えない物を書いた子どもの気持ちもわからないでもない。いや、やっぱりわからない。『くり抜いた眼球』はねーだろ。でもさ、経済的に満ち足りた生活を送っているとお金で買えない価値みたいなものをほしがるっていうのは大人も子どもも大して変わらないと思うんだよね。いくつになっても人は変わらぬ愛とかちっぽけな自己満足を追求し続けるだろ? と言ってもお金のない僕はお金のある奴の気持ちを想像したに過ぎないんだけどね。裕樹君の家も豪邸と呼ぶのに相応しい家で、犬小屋に住む僕を打ちのめした。
「なんでこんなにインターホンと家との距離があるんだよ。なあトナカイ、答えてくれよ」
「蜂の巣に住んでいる俺らには一生かかっても理解できないと思うぜ」
 僕らはインターホンなど押すわけもなく、さっと門の鍵を開け、三島家の敷地に入った。この不必要に降り積もる雪は、唯一足跡を消すのに役立つであろう。三島家の敷地には中規模の池が存在し、そこに住む鯉たちは、きっと僕らより良いものを食べていると思った。
「裕樹君の家は二階だったな? トナカイ」
「ああ、お前が二階を探そうともお前が真実にたどり着くことはあり得ないだろう」
「それどういうこと?」
「いやただ言ってみたかっただけ」
 裕樹君の部屋はすぐ見つかった。当然ぐーすかぴーと寝ている裕樹君の枕元に希望のプレゼントである『なんかの割引券』を置こうと思った。考えた末、何故か長命ヶ丘の宝島書店に置いてある、シダックス南吉成店の1時間無料券を置くことにした。
「きっと裕樹君も僕みたいにシダックス広瀬通店でも使えると勘違いするんだろうな」
 僕は裕樹君の部屋の時計が午前四時を指しているのを目にした。時間的にも終わりは近づいているのだ。僕とトナカイは外へと出てステンレス製のソリまで戻ってきた。
「まだ結構残っているな」
「なあサンタよ、次の子どもに残りのプレゼント全部渡すのでいんじゃねえ?」
「プレゼントをもらえなかった子どもたちはどうするんだよ」
「あいつらは大丈夫だよ。プレゼントをもらえなかったことを糧に強く生きていくさ」
「お前その子たちの何を知っているの?」
 新聞配達も動き始める時間なので、僕はそのトナカイの意見に従うことにした。
最後の配達する家の確認をした。山崎恵美さん(8歳)、希望するクリスマスプレゼントは、「取り返しのつかない過去の若さゆえの過ちをいくらかでも癒してくれるビックリマンチョコ」だった。まあ希望するクリスマスプレゼントなんてもはやどうでもいいんだけどね。
「でも何で恵美ちゃんはビックリマンチョコなんて希望したんだろう? なあトナカイ?」
「ああん? あれだよ、恵美ちゃんにとってビックリマンチョコは、この腐りきった世の中を戦っていくたった一つの呪文なんだよ」
「またこいつは適当なこと言って……」
「えへっ、ばれた?」
「そういって舌出すのやめてくんない? 信じられないくらい気持ち悪いよ」
「ゴメンゴメンゴ!!」
 と謝るトナカイもこの世のものとは思えない気持ち悪さだった。桜ヶ丘にある山崎さん宅のマンションに着いた。一面雪景色にうごめく二つの人影を、通りすがりの早起きさんが見かけたらどう思うだろうか? 歓迎されないことだけは確かであろうな。今まではすべて一軒家だったが、最後の山崎さん宅は、セキュリティー抜群の超高級分譲マンションだった。しかも山崎さん宅は十二階にある。
「あきらめて次にいくという選択肢はないだろうか? トナカイ」
「お前何のために生まれてきたの? そろそろ気づいてもよい頃だと思っていたんだけどな。お前と出会ってこの十三年間、ずっとお前を見てきたけどな、これほど失望されたことはないよ。いいか、教えてやる、お前は今ここで恵美さんにクリスマスプレゼントを配るために生まれてきたんだよ。たかが地上十二階のマンション、つまらない理由をつけて現実から逃げ回るのはもうやめにしようや。言ってみれば、このマンションでクリスマスプレゼントを配布できるかどうかっていうのは、これからのお前の砂利みたいな人生を占っているんだよ。ちょっと高い壁があると逃げ惑い気づけば逃げ場を失っている人生か、壁を乗り越えてその先にあるまあこれも無意味なんだけど、希望を追いかける人生か、お前はどっちを選ぶ? いや、もうお前は答えが出ているはずさ。お前が生きてきた二十四年間というのは、その答えを見つけ出すには十分な期間だと思うぜ」
 さっき初めて会ったばかりのトナカイに何故こんなこと言われなければならないのだろう。それに何故トナカイは僕の年齢を知っているんだ? まあそんなことはどうでもいいとして、僕もここまで言われたら、やってやろうという気持ちになった。
「わかったよ、トナカイ。僕も行くよ。でもどうやって昇るんだい?」
「正面突破は厳しいから、外の壁をよじ登るしかないよね」
「笑えない冗談だな」
「俺が今まで一度だって冗談を言ったことがあるかい? いやない」
「それより一階のどこかの部屋に侵入し、そこから外に出て、マンション内のエレベーターで上に昇った方が良いのではないだろうか?」
「それだったらむしろ警備員が来ることを覚悟で正面の自動ドアを壊して進んだ方が早いのではないか?」
 トナカイは既に鉄パイプを持っていた。どうやら大人しくクリスマスプレゼントを配る気がこいつにはないようだ。「これはお前の分だ」とばかりにトナカイは僕に釘バットを差し出した。これで誰かを殴ったとき、返り血がついてもわからないようにするため、サンタの衣装は赤いのだ。
「サンタ、用意はいいか?」
 できれば一生用意していたい。だが、時は残酷だ。一秒でも遅れるごとに、それだけ一般住民に見つかる恐れが高まるのだ。僕らは、暗証番号を押すか、住民の了解を得ると開く自動ドアに近づいた。もちろん僕らに暗証番号はいらない。古より人類が受け継いできた狂気があるから。
「うりゃ」
 バリーンいやバリッて感じの大きな音が鳴り響いた。それと同時にけたたましいサイレンもまた鳴り響いた。
「急いで十二階まで昇るぞ」
 異論はなかった。僕らはすぐに十二階に昇り、山崎さん宅の前まで着た。トナカイの表情は強張っていた。ここまで緊張してあわてているトナカイはこの十三年間で初めてだ。トナカイはあわててマスターキーで山崎さん宅のドアを開け、瞬間的に恵美ちゃんの部屋を開け、サンタの例のプレゼントが入った袋ごと投げ入れた。この間誰にも見つかっていない。
「ずらかるぞ」
 これにも異論はなかった。僕らは僕が十二階で止めておいたエレベーターに乗り、一階に降下した。エレベーターから出て、外に出ようとしたとき、そこには三人の警備員がいた。警備員は一人がとても背が高く、目がいっちゃっていた。あとの二人は身長175センチ程度で明らかに違法な学生アルバイトだった。背が高く、目がいっちゃっている警備員は言った。
「あのよぉ、モホロビチッチ不連続面ってよぉ、高校時代にやってから何故か頭に残っていないか? 意味まではわからないけどよぉ。そこんとこどう思う? そこんところ確認してから始末しようと思うんだけど」
 こいつ完全にいかれている。だが、警察に引き渡そうとか考えずに、僕らを始末しようと考えているところは評価できた。トナカイは小声で僕に言った。
「なあ、サンタ、こいつらをマンション侵入の犯人にしてしまおうじゃないか?」
「どうやって?」
「死人に口無しと言うじゃないか」
「昔の人はうまいこと考えるね」
 僕は釘バットを振り上げた。トナカイも同じだ。それを見て警備員も警棒を構えた。これでも甲子園を目指した時期があった。熱闘甲子園に影響されたごくわずかな期間だ。バッティングセンターに通った。110キロがまるで当たらなかった。僕の夏が終わった。検察が勝てない裁判をしないように、僕も勝てない試合をしたくはない。そう思い甲子園を目指す夢を捨てた。今その捨てた夢を再び拾い上げよう。この警備員相手に釘バットをフルスイングしよう。この決意の分だけ学生アルバイトの警棒より早くスイングできるはずだ。
「うりゃ」
 僕のフルスイングが学生警備員の頭を直撃した。学生警備員の目はうつろになり、泡を吹いて倒れこんだ。その後もう一人の学生警備員の警棒が僕の頭を直撃した。痛かった。とても痛かった。だけどある程度覚悟していたから気絶はしなかった。そして、第二回のフルスイング、もう一人の学生アルバイトも倒せた。ホッとして周りを見ると、ちょうどトナカイもいっちゃっている男を倒したところだった。
「さて、トナカイよ、どうする?」
「こうする」
 するとトナカイは懐から貴金属を取り出し、警備員たちの懐にしまいこんだ。そう、その貴金属は藤井和葉ちゃん(四歳)の家のものだった。
「警備員を装った連続窃盗団ここに逮捕さる、お手柄サンタ、そういう筋書きさ」
 するとトナカイは、警備員たちをしばらく喋れない可哀想な体にした。僕はその間警察に電話した。その後、鉄パイプと釘バットを警備員、いや犯人たちに握らせた。もちろん僕らの指紋は付着していない。
「俺が藤井さん宅から貴金属を取ってきたのはすべてこのためだったんだよ」
「そんな言い訳は聞きたくもなかったよ」
 警察の事情聴取を受け、僕たちはあることないこと喋った。警察は、状況証拠と僕らの偽りに満ちた証言から、犯人を警備員たちと断定し、四時三十二分、窃盗、器物破損の現行犯、県議会議員荒木氏殺害の疑いで逮捕した。僕らは警察に感謝され、マンションを後にした。
「一仕事終えたって感じだな」
Good Wiiに戻りながら僕は言った。雪は20センチほどのクリスマスプレゼントを残し止んだ。「ホワイトクリスマスねぇ〜」なんて愚かに喜ぶには十分な量と時間だった。
「なあサンタ」
「ん?」
「朝マックしてかね?」
「僕松屋で豚丼食いたいんだけど」
 そんな気分だった。譲れなかった。
「わかったよ、サンタに合わせるよ。いつの時代もトナカイは虐げられていくのさ」
「なあトナカイ、お前はこれからどうやって生きていくんだ? 就職か?」
「知りたいのはこっちだね。先のことを考えている余裕すらないし。それに俺の未来を考えることは、B級ホラー映画よりよっぽど怖い。とりあえず今日これから家で仮眠とって、十二時からサンタが配ったプレゼントのクレームに対応するコールセンターの仕事に行かなければならない。ただそれだけさ」
「そうか、僕と大して変わらないな」
「夢なんて気の利いたものを持てるようになるのは多分だいぶ先の話だろうな」
 誰か僕のサンタになってくれる人間はいないだろうか? それも七割が派遣労働者なんて現代のサンタクロースなんかじゃなくて、一般市民の小さな子どもが憧れる純然たるサンタクロースだ。





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