コンパス
“もくじ”
はじめに
第1章 コンパスと歪んだ愛情
第2章 コンパスといけないお薬
第3章 コンパスと淫らな親心
第4章 コンパスと捨て犬を見るような目で私を見る人々
第5章 コンパスと母さん以外の女性から優しくされたことがない青年
第6章 コンパスと腹黒い姫君
第7章 コンパスと穀物自給率
第8章 コンパスと禁じられた遊び
「はじめに」
本日はお忙しい中この小説をご覧になっている賢明な皆様、コンパスを知っていますか。
知っている方、宇宙の常識ですよね。知らないという虫けら以下の方、まず文房具の意味を知っていますか、それすらだめでも私は鉛筆やはさみの存在を一から教えるような真似はしませんよ。なぜなら本日はコンパスの話をするだけで精一杯なのだから。涙なしには語れないストーリーでもあります。皆様ハンカチのご用意を。筆者曰く『こんな形の愛があってもいいのではないか。』
もったいぶるようで申し訳ありませんが、ここでコンパスについての予備知識をはさみたいと思います。コンパスを知らない楕円しか書けない君のために・・・。コンパスとは円を書く文房具のことです。おっと文房具とは『学習や事務などに使う用具(新修 広辞典 第4版)。』のことです。ここまで丁寧に説明する意味をわかりますか。わからなくて結構です。特に意味はありませんから。さらにコンパスも同じく広辞典では『@羅針盤。船や飛行機などが進路を測定する計器。磁気コンパス、ジャイロコンパスなど。A製図で、円や弧を描くための器具。』本編での意味は想像におまかせします、っちゅうーと未だにコンパとコンパスの違いのわからない君は置いてけぼりくらっちゃうからお答えします。AですA。また、コンパスの形状は金属の棒2本が足の股みたいに分かれていて、それぞれの先っぽには針または鉛筆の芯みたいのが取り付けられています。詳しくは資料1を見るかお近くの私までお聞きください。
第1章「コンパスと歪んだ愛情」
私はコンパスが好きだ。コンパスをじっくりと鑑賞するだけでご飯三杯はいける。心なしか笑ったように見えたコンパス。私はコンパスに溺れる。あぁ、あの針で私を刺してほしいものだ。おそらく刺された時甘美な痛みが舞い降りるだろう。
コンパスに見とれる私を尻目にかけながら妻は仕事に出かける。彼女が働きもしない私に代わって一家の大黒柱となり生計を立てている。妻には悪いと思っている。だが、私はコンパス以外考えられない、他のものが手につかないコンパス中毒者なんだ。そんな私を妻は末期(注1)だと考えているのだろう。妻の冷たい視線にはどこか憐憫が見え隠れしていたからだ。
その後まもなく小学四年生の娘も登校する。娘は家を出る前に言う。
『パパ私のコンパス返して。』
返してあげない。すまないとは思う。娘もちょうどコンパスを使いたい年頃だろうに。そうこれは娘のコンパスだったんだ。でも私はコンパスと離れられない。私は言う。
『パパね、今コンパスに頬擦りしているところだから返せないんだ。ごめんね。』
娘はしぶしぶ家を出る。その顔には薄っすら涙を浮かべていた。彼女は今日も学校の先生にはコンパスは忘れました、と言い叱責をくらうのだろう。私は娘に悲しい思いをさせてしまった自分を責めるようにコンパスで自分の左腕を何度も何度も刺し続けた。たまらなく心地よい。にじみ出す血を私はすすった。
数々の犠牲を経て私とコンパスの水入らずの2人っきりの時間が訪れた。私は円を書いてみる。コンパスはとても見事に舞う。拙い私の動きとは対照的だ。美しいコンパスの回転によって描きだされた円もまた美しい。私は感激のあまり広瀬川(注2)のほとりで泣いたものだった。
また、私はコンパスを口に含んでみた。そして舌先で転がし、愛するものを弄ぶ下卑な快感に酔いしれた。よい子は絶対に真似しないでくださいということはこういうことなんだろうな、と思いながら。(注3)
私は当然一日家に一人だったが、とても満ち足りた生活を送っていた。もし今死んだらとても安らかな死に顔だろう。それはコンパスが片時も離れずに私の側に居てくれたからだ。私はそんなコンパスに感謝の意味を込めて、針を磨いてやり、コンパスの芯を新しい物に変えてやった。そのことでより針は輝きを増し、力強い円を私にもたらしてくれた。
そうこうしているうちに外の世界は夕方になっていた。娘は帰宅した。私は娘に目もくれない。なぜならコンパスを使い角の二等分線を書く事に夢中になっていたからだ。
『“おかえり”ぐらい言ってくれてもいいじゃない。』
と言う娘の言葉も実は聞こえていない。なぜなら私はこのときコンパスと一体化していたからだ。それほど角の二等分線とは専門性を有しており、私にコンパスの醍醐味を与えてくれた。娘は目を潤ませ自分の部屋へと消えていく。角の二等分線は0、01mmずれていた。私は憤慨した。何事も完璧じゃないと許せない体質なんだ。私は両手から血が噴出すまで洋服箪笥を殴り続けた。こうしないと怒りが収まらないんだ。洋服箪笥も扉が少し壊れその上に私の血液が付着した。娘は私が箪笥を叩く音にびっくりして部屋を出てきて、さらに私の血がしたたっている私の両こぶしを見て再度びっくりした。
『パパとち狂ったの。』
娘は私に尋ねる。ああその通りなんだ、って答えるわけにはいかないので私は体裁を整えるいくつかの言葉を考えた末、
『お前も大人になればわかるさ。』
と曖昧な返答をした。私は痛々しいまでになった自分の両腕の傷口をさらにコンパスの針で刺した。さすがにこれは痛かった。喜びは生じなかった。もうしません、と謝ったがこの痛みは拭われなかった。娘はこんな父親の姿を見て何も言わずに包帯とガーゼを持ってきてくれた。そんな娘に対し、
『お前俺に気があるのか。』
と私は娘に尋ねた。娘は無言のまま傷口の消毒を行う。私は言う。
『パパだってお前らに迷惑ばかりかけてゴメンゴメンゴって思っている。』
娘は私の傷の手当てが終わるとそそくさと部屋を出て行った。去り際に一言残していった。
『パパももう少し大人になりなよ。』
辺りは暗くなった。妻は帰宅した。そして疲れた体に鞭を打ち食事を作る。私はそれにあやかる。夕食時、一家だんらんとはほど遠い。いつからそうなのか。最初からそうだったのかもしれない。なぜなら私は妻を愛していると四方八方にのたまっていたのだけれど、本当に愛していたのはコンパスだったのだ。妻もそれを少なからず感じ取り、どこか気まずい雰囲気をかもし出してしまったのだ。この私と妻とコンパスの三角関係は、娘の誕生でも拭い去れなかった。
そしてある晩のことだった。妻は私に別居を持ちかけた。妻は価値観の違いをあげた。確かに私と価値観が同じだったら我が家の現金収入は限りなく0に等しかっただろう。妻は実家に帰るという。娘は女親であり、定職についている妻が連れていくという。反論のしようがないことは読者もおわかりだろう。妻との話は15分ほどで終了し、妻と娘はその日のうちに出て行った。細かいことはそのうち電話するという。一刻も早くここを立ち去るぐらい、妻は私のことが嫌いになっていたことだけでもわかってよかった、と自分をなだめた。気づけば娘には父親らしいことは何一つしてやれなかった。1歳の誕生日に送った物はコンパスで、2歳の時には手作りのコンパスを送った。3歳以降はもはや説明の必要もないだろう。そして娘がお嫁に行く時には教師が授業で使うあの大きなコンパスを送ろうと思っていた。それらの発想(注4)がそもそもの間違いではないかと思い始め、自分を責めた。
しかし、そんな自分を癒してくれたのもまたまぎれもなくコンパスだった。たとえ私とコンパスの間に子供を作る事ができないとしても、私は生涯コンパスを愛し続けようと思った。
妻が出て行ったことで現実的な問題が生じた。おわかりだろうか。それは金じゃ。人間寝床があるだけでは生きていけないことは、できれば知っててほしい。なぜならこれが入試にでるからではなく、知らないと死ぬから。世の中金である。どう自分を偽っても行き着く先は銭である。とりあえず食っていけるだけの金は必要である。無職の私にはそれがなかった。最初は家にあった米の備蓄、缶詰やインスタント食品を食べて暮らしていたが、まもなくそれも尽きた。そうなると私の生活は貧窮した。私の食事はスーパーに赴き、試食を貪(むさぼる)ることになった。当然1店舗だけでは満たされず、COOP、ダイエー、セイユー、イトーヨーカドー、ヤマザワとはしごした。時には遠くのスーパーまで赴いたり、駅の土産物売場の試食にも喰らいついた。また、山には山菜取りに出かけ、山菜、つくし、キノコ、タケノコと食べられる物はなんでも食べた。キノコは色がカラフルすぎるのが気になったが・・・。(注5)
ある昼下がりそんな生活に限界を感じた。私は戦時中お米が貴重だった時代の人々の気持ちがわかってしまったのだ。私は3つの考えが浮かんだ。1つ目は元妻に金を無心することである。元妻とは彼女らが出て行った日以来連絡はとっていない。よってまだ定期的に娘に会う約束の詳細も話し合っていない。2つ目は働くことである。これは大人としては当然のことであるということはわかってもいいものなのだが、私には理解できなかった。3つ目は犯罪に手を染めることである。だが私はできれば犯罪は犯したくなかった。もうしばらく偽善者でありたかった。裏を返せば、意気地なしでもあった。その意気地なしさが私を前科者にするのを思いとどまらせている。人間いつ自分の才能がどう作用するのかわかったもんじゃない。
私は元妻の携帯に電話した。知らない男がでたので直ちに切った。・・・・・。そりゃあそうである。元妻はもうフリーなのである。虫の2〜3匹寄ってきて当然である。しかしこのこみ上げてくる気持ちはなんだ。それは空腹によるものではないことだけは確かだ。私は昔から独占欲が強かったのだ。大していらないものでもそれが他人の手にわたることは許せなかった。私は壁を蹴った。気のすむまで蹴るのには時間を要したが、時間はたっぷりあったからその点は安心してもらいたい。
生き延びるために仕事を見つけねばならない。私は金まみれになってみたいと思った。金のプールで泳いだりするあれだ。しかしながら私はくじけた。何の仕事をしたらいいのやら皆目わからなかった。誰でもいい、それこそ道端を歩いている小学生でもいいから私を導いてほしかった。今なら下手な新興宗教でも入会してしまいそうな気がした。
私の友達は数少ない。言わなくてもわかっているだって?よけいなお世話だ。ある程度友達に囲まれていた時機もあった。しかしコンパスにのめり込んでいくうちに離れていった。コンパスの魅力がわからない憐れな連中である。救えない。生まれてきておいてコンパスの華麗さに気づけないようでは人間としてどうかと思う。私は数少ない友人の片倉に接触することにした。就職の斡旋を願い出るためだ。片倉は電話をすると5分もせずに来た。彼の家は私の家から15キロはある。私は尋ねた。
『どうしてこんな早く着いたんだ、ワープしたんか?』
片倉は答えた。
『いつもお前のことを思っているからさ。』
答えになっていない。その後片倉は、冗談だ、と言った。片倉は私に会うたびに私の娘がいくつになったか聞いてきた。今日、娘は10歳だと言うと、小声でぼそりと、『喰べ頃だな』というのを私は聞き逃さなかった。危険な男である。いつか彼が連続少女誘拐暴行殺人事件でもやらかしたら私は元友人としてマスコミの対応に追われるのだろうか、もちろん週刊誌に載る時は目線を入れてほしい。片倉は実に頼りになる男だ、いい友人になれるかもしれない、児童ポルノから足を洗ってくれるのであれば。私は彼に就職相談を持ちかけた。
『金がない、来月にも水道が止められる。だから働かなければならない。でもコンパスから離れたくないんです。』
彼は『お前のことだからそんなことだと思ったよ』というような顔をして、答えた。
『じゃあ数学教師を目指したらどうだ、お前のその大好きなコンパスを飯の種にできるぞ。俺も小学校教諭を目指している。小学生って素晴らしいよな。やっぱり女の旬は歯が抜け替わるまでだよな。』
彼はこないだは女の旬はランドセル背負ってるまでと言っていた。明らかに悪化の一途を辿っている。しかし数学教師の話については私に新たな希望を抱かせた。
第2章「コンパスといけないお薬」
それから私は教員採用試験の勉強を始めた。なぜなら幸いにも大学在学時に気まぐれに取った教職科目のおかげで教員免許を持っていたからだ。私はまるで小説のような都合の良さに感謝した。私は数少ない友人の片倉、加藤と共に勉強した。私たちは加藤が大量に持ってきてくれた元気が出る薬のおかげで夜も眠くならなかった、軽く幻想の世界に引き込まれることはあっても・・・。(注6)
また、加藤のくれる元気の出る薬は私とコンパスとの会話を可能にした。私はそのおかげで常にコンパスが喜ぶことをしてあげられるようになった。さらにコンパスの悩みや悲しみも聞いてやることができるようになった。私は何かとコミュニケーションを可能にするのは決して真心や思いやりなどではなく、すり鉢とお茶であることを悟った。
その年、私と片倉と加藤は全員揃って教員採用試験で勝利をおさめた。ただし半年後片倉は『放課後の課外授業』と称して24人の女子小学生を手にかけ逮捕され、社会問題としてマスコミに取り上げられる。彼の逮捕の時『教師は皆このために教師をやっている。』と言った発言も問題となった。私はせめて『放課後の課外授業』ではなく『放課後の課外レッスン』としていれば捕まらなかったのではないかと思った。加藤はその3ヶ月後薬事法違反で逮捕される。薬物教師と取り上げられた彼はマスコミの取材には、『薬物をやった理由?そこに薬があったからさ・・・。』と答えた。彼は最後まで口を割らなかった。私はそのとき初めて加藤が実はいいやつだったことに気づき涙ちょちょ切れた。かくして私は数学教師になった。その胸にコンパスを抱いて。
*
数学教師になって2年の歳月が流れた。加藤、片倉は仮釈放された。ただし片倉は同じ過ちを犯し再逮捕された。今度は女子園児を対象にしていた。保護観察期間中の犯罪だけに、彼はもう地球滅亡まで檻の中から出て来れないかもしれない、と私は思った。しかしそんなことはどうでもよかった。なぜなら私にはコンパスがあれば十分だからだ。私にはコンパスがすべてなんだ。私はある出来事があって以来週休二日をいっそうコンパスを愛すことに費やした。
ある出来事とは私が数学教師になって間もなく起こったことだ。私は北仙台中学校に赴任し、その2年生に数学を教えることになった。私は数学の授業においてコンパスを使った授業しか行わなかった。なぜならそれしか考えつかなかったからだ。それに対して生徒・教職員・保護者から激しい抗議が起こった。そして教育委員会に学習指導要領どおりに教えるか学校を去るか決断を迫られた。私は悩んだあげくコンパスを置いた。私は安定した収入を得るかわりに何かを失った気がした。
私は日中コンパスと戯れることができなくなってから夜の寝つきが悪くなった。そして日中は意識を朦朧とし、時折何かぶつぶつと独り言を言うようになった。見かねた加藤が元気が出る薬を送ってくれた。懲りない男である。しかしこのときはレキソタンやハルシオンに感謝した。私はコンパスと心ゆくまで協議した。コンパスは快く私の苦悩を受け入れてくれた。そして許してくれた。私はその日から平日は数学教師に集中し、休日その分コンパスとつかの間の休息を共にした。そして二年後の今にいたる。
第3章「コンパスと淫らな親心」
ある日、私はコンパスと共にお風呂に入っていた。私はコンパスの針を性器に刺し屈辱と痛み、そこから湧き出る快感に酔いしれていた。言葉にならない絶叫、嗚咽、苦悶、悲鳴、悶絶。私はこのとき私のような教師はあまりいないだろうな、という思いがかすめた。
私は風呂からあがった。私の呼吸は乱れていた。風呂から出るときはいつもこうだ。だから家のチャイムが繰り返しならされていたのも気づかなかった。そもそも私への来訪者なんて滅多にいない。片倉は塀の奥だし、加藤も今頃仕事が終わりトリップしている時間だろう。私は驚いて家のドアを開けた。そこには2年前とは比べ物にならないくらい大きくなった娘の姿があった。いつぞやよりもかわいらしくなっている。片倉の言う事もわからなくもない。一端目をそらしもう一度見た。我が娘ながらかわいい。コンパスで刺してしまいたい。その手、その足、その耳たぶを・・・。あぁ、欲望の海にダイブしたい。私はそんな込み上げる感情を押さえつけ、娘を押さえつけた。!? !? !?
気づけば私は娘のあちこちをコンパスで刺していた。娘は苦痛に身を震わせていた。私はふと我にかえり娘に優しく言った。
『ごめん、痛かったかい。わざとなの。』
娘はこちらを向き微笑みかけ言った。
『パパは相変わらず人格破綻者だね。ちょっち上がらせてもらうよ。』
娘の歩く背中を見ると、娘には急にまともな人生を歩んでほしいと思った。もちろんコンパスに身をゆだねる人生だ。私はお茶をくみながら、もしコンパスを好きになる媚薬みたいなものを持っていたら、間違いなく今このお茶に混入しているな、と思った。
お茶をくんで戻ってくると、なんと娘が泣いている。そして声を出して泣き出した。号泣だ。今月の水不足を解消する勢いで泣いている。もし二年前みたいに水道が止められたら娘を泣かすのもありかと思った。私はそんな娘の姿をしばらく傍観した。泣いている顔もまためんこい。私はこの顔を見るために生まれたきたのかもしれない、と思わされるほどだ。娘はなおも涙を流し続ける。私はさすがに焦ってきた。とりあえず確認しなければならないことがある。私は言った。
『私は何もしてないよな。』
娘は静寂の中うなづく。私は安堵に包まれた。私が原因でなければ泣かせとけばいい。私はコンパスを手にとり、地面に転がった。最近コンパスと共に後転するのにはまっているんだ。私が開脚後転している脇で娘は思うままに泣きじゃくる。私は心のどこかでなぜか『いい気味だ。』と思っていた。別に娘が反吐を吐くほど嫌い、というわけではない。こればかりは仕方がないんだ。他人の不幸は蜜の味、と言うが、私は昔から他人の不幸が大好きだった。他人の不幸を見ると恍惚を感じるとともに、自分はああはなるまい、という教訓を感じ取れるからだ。そしてそれがよりによってかわいらしい娘となると、私は欲情を隠しきれなかった。まあ実際は思いとどまったけどね。娘を愛してしまう事はコンパスを裏切ることにつながると聡明な私は気づいていたからだ。
と言いつつ私は我慢できなかった。昔からこうなんだ。私は自分の欲望に忠実で、欲望の消化不良を起こす事は許さなかった。簡単に言えば昔からやりたい放題やっていたと言う事だ。そして今回も再び娘をコンパスで思う存分刺した。今夜の阪神タイガースの惜敗の鬱憤を晴らすかのように・・・。娘は後ずさりし、『痛い、痛い。』と言った。私の心の方が痛い。私は我が娘を刺していることによる心の痛みにより自分を痛めつけ、その心地よい痛みを堪能した。口からは笑みさえこぼれる。その口からはかすかに『ひぃぇひぃぇ』という音を発していた。
2〜3分程で私の気は済んだ。お腹いっぱいになった私はそろそろ娘の話を聞いてあげてもいい気がした。私はコンパスの針の先を舐めながら言う。コンパスは娘を刺したことで針先が穢れてしまったからだ。
『今日はどうしてここに来たんだい。どうれパパに話してごらんなさい。』
娘は何も言わなかった。ただ一言、
『今日はここに泊まっていいでしょ?』
と尋ねた。私は優しさの裏に打算を秘めたように言う。
『なぜ自分の家に寝るのにいちいちことわる必要があるんだい。』
第4章「コンパスと捨て犬を見るような目で私を見る人々」
娘は私が定職についていることに驚いて見せた。あの目は実は知っていた目だ。私はこの娘の計算高い目を幾度となく見てきた。その日から娘は私の家に根付いた。私は自宅に片倉を呼ぶ事はもうできないな、と思った。次の日私が仕事から帰ってくると、娘は既に夕食を作って私を待ち構えていた。私は冷蔵庫を開け中に入れてあるコンパスをつかんだ。キンキンに冷えてやがる。私はコンパスを頬にあてその冷たさを体感した。毎日の日課だ。娘はその様子に冷淡な眼差しを送っていたが、私が娘の方を見ると、娘はいつもの取り繕った笑顔を見せた。かわいい。
『お前は俺の物だ。』
私はコンパスに対してそう言ったつもりだったが、その発言には娘も含まれていることに自分自身気づかなかった。
『俺にはお前しかいないんだ。』
私はコンパスと娘のちょうど中間地点を見ていた。娘は言う。
『めし冷めっから・・・。』
その言葉に私は我に帰り、食卓についた。
人間と交わす夕食は何年ぶりだろうか。私は夕食を口にした。私は人類にこれほどまずい味が作り出せるものかと思った。そして料理は顔で作るものではないことを思い出した。いたたまれない。私は言う。
『おいこれ・・・。』『黙って喰いな。』
娘は私の発言をさえぎってそう言う。私は娘があまりにもかわいいので黙って従った。私も大人になったものだ。私は黙ってこの人間の食べ物とは言えない食べ物をひたすら食べた。するとどうだろう、噛めば噛むほど甘くなり、しだいに悪くないと感じられてきた。味に慣れた、の一言では片付けられない。私はしばらくするとこの味がやめられなくなった。うまい。病み付きになるうまさだ。ああ、ああ。私はだんだんこの料理を食べることで心に幸福を感じてきた。
『し、幸せの繰り返しだぁ〜。』
と思わず口にするぐらい娘の料理センスに惚れ惚れした。やはり顔と料理のうまさは比例するのだろう。私は昔からそう思い疑わなかった。娘は一言、
『ねぇ。』
と言った。私は一体何の材料を使えばこんな味が醸し出せるか疑問でならなかったが、娘は体全体でそれはタブーだ、と言っていた。
夜中に私は起こされた。娘が再び泣いている。その泣き声が家中に響き渡り私をこちらの世界に引き戻した。私は特にその娘の涙を拭ってやりに行く気も起きず、さっとコンパスに毛布をかけなおしてやり、再び深い眠りにおちた。娘も困ったものである。思春期になれば皆涙腺が緩むのだろうか、少なくとも私はそんなことはなかった、と思ったりした。
昨晩は娘に深夜に起こされたので熟睡感がなかった、そのことで明らかに情緒不安定になり、目に見えるものすべてが憎たらしく感じられた。私は食卓についた、娘は朝餌を作って待っていた。かわいい。たとえその笑顔が作り物だとしても。こんな娘に危害を加えることはできない。よって私はこの今の自分の不機嫌を、学校に行き、気に入らない生徒への体罰にぶつけようと思った。しかし自分はそれほど我慢強くなく、気づいたらおなじみの洋服箪笥を殴っていた。私は洋服箪笥を殴りながら2度、3度と回転するコンパスを思い浮かべていた。急に私はコンパスに刺してもらいたくなった。愛するものの手によって。私は悪い子だからだ。痛烈に刺し、そして抱擁してほしかった。私は娘に言う。
『パ、パパをそのコンパスで刺してくれないか。パパ悪い子なんだ。』
娘は黙って私を刺してくれた。できた娘だ。その調子で夜泣くのもやめてほしいものだ。
『そ、その調子だ。いいよぉ、いいよぉ。』
私は夢中で娘におねだりした。
『背中も、背中も。』
ああこのような快感をやめることができようか、いやできない。そして私は突如怯えた。怖くなってしまったんだ、急に娘が刺してくれなくなってしまうのではないかという不安に支配されたんだ。この快楽が終幕を迎えてしまうことが・・・。娘はそんな私の心情を悟り無言で刺し続けてくれた。娘はその愛らしい目から涙を流し言う。
『パパは私がいないとだめなのね。』
当たらずとも遠からずだった。
私はある日道端に転がっていた。私は道ゆく方々に石ころを踏むように踏みつけてほしかったんだ。少しでもコンパスに近付くために。私はコンパスに憧れを抱いていたんだ。必要時以外は見向きもされないコンパスに。だから私は道端でないがしろにされたかったんだ。それなのに、それなのに人々は、
『坊や見ちゃだめよ。さあ行きましょう。』
『かわいそうに、これで何か温かいものでも買いなさい。』
『哀れだな・・・ヒソヒソ。』
などと言って遠ざかる。ああ、一般人の思考回路は全く理解できない。私はコンパスなんだ、誰にも相手にされない路傍のコンパスなんだ。それなのになぜ私をそのような目で見るのだろうか。私は泣きじゃくった。私はコンパスになりきれていなかったことを悟ったからだ。人間とコンパス、その隔たりは実は大きかったんだ。その夜娘は言う。
『それは誰もが一度は超えなければならない壁なんだよ。』
その娘の言葉にいくらか救われた気がした。
第5章「コンパスと母さん以外の女性から優しくされたことがない青年」
『コンパス、落ちましたよ。』
その声に青年は振り向いた。後ろには道端にあられもない姿をさらけ出し転がっているコンパスと一人のべっぴんさんが立っていた。その女性はコンパスを拾い、青年に差し出した。青年はひどく赤面した。前に若い女性から声をかけられたのが何年前か忘れるくらい、若い女性に声をかけられることなどなかったからだ。いや人類と会話することでさえ久しい。青年の話相手はいつだってコンパスだけだった。そのコンパスとの会話でさえいつも一方通行であったことに青年だけが気づいていなかった。青年は女性からコンパスを受け取った。コンパスを通じて女性のぬくもりが伝わってきた。青年は歓喜した。青年はこの時人間のぬくもりの素晴らしさを初めて知り、その喜びに満ちあふれたからだ。青年は次に人肌に触れてみたくなった。だが、それは贅沢な発想だと思い、思いとどまった。しかしその思いは青年に女性への言葉を発する勇気を与えた。青年は言う。
『バッキャァロー、大好きだ。』
するとどうだろう、辺りは夕日になり二人を照らし出した。青年はさっとコンパスを懐にしまい、夕日の沈む方へ走り去っていった。女性はそんな青年の姿を見て昭和の漫画を思い出したものだった。
青年は自宅に帰ると迷わず台所に向かい、ガスコンロに火をつけコンパスをあぶった。青年が燃えさかるその炎の中に見たものとは!?そして、熱くなったコンパスを自分の左腕に押し当てた。青年は喘ぎながら言う。
『熱くない、熱くない・・・。』
そうだ、そのとき青年の心は燃え滾(たぎ)っていたのだ。その心の炎に比べれば、熱くなったコンパスなどなんでもなかった。ではこの苦しそうな顔はなんだろう。自分でもわからなかった。ただ一つだけ言えることはあの女性との再会はそう遠いことではないだろうということだ。
*
私は目覚めた。なぜ今頃青年時代、元妻と初めて会った場面を夢見たのか理解しがたい。私は起き上がり今日はそれどころではないことを思い出した。新作のコンパスの発売日なのだ。私は真新しいコンパスを手にしたときのことを想像すると心弾み、軽快なステップで食卓に向かった。娘はそんな私の姿を見て『ヒィー。』と言っていた。私は椅子に座り、朝食を貪(むさぼ)りだした。娘も食卓についた。5分ほど朝飯を食べていたが、不意に私は言った。
『お前恋してるか。』
娘は驚き『え、何故。』と聞き返した。
私は言う。
『いやなにね、お前も恋に恋する年頃かと思ってね、私はさあ、一度お前が男を連れてきたとき、その男に“娘はやらん”って言ってみたいんだよね。』
娘は鼻で笑った。
『よく言うぜ。』
娘は私を軽くあしらい言った。
『それにしてもコンパス以外何事にも無関心だったパパがこんなこと言うなんて珍しいね。』
確かにそのとおりだ。あの夢の影響なのかな。私はリモコンを手繰り寄せ、テレビをつけた。チャンネルはいつもどおり『朝の既得権益ニュース』をつけていた。いつも何気なしに見ていた私は、この日は違った。なぜなら、『私の元妻の水死体が水揚げされた』というニュースが報道されたからだ。私は娘にママ死んじゃったと言ったが、娘は、
『えーうそー信じらんなーい。』
とまるでデパートに買物に行ったけどお目当ての品が売り切れだったような口調で答えた。私自身もこの元妻の死に関しては、もう元妻は円は書けないな、ぐらいにしか感じなかった。しかし、実際警察に呼ばれ、元妻の遺体を確認した時は、私は激しい憤りに襲われた。私は周囲の目をはばからず涙を流し、吐き、突然自分の腕を殴った。自分の腕を殴るのは、こうしないと心がおさまらないからなんだ。何も傷つけたくない、でも何かにぶつけないとおさまらない、そんな時生み出されたのが自虐自傷だった。私のこの時の感情をあえて表現するならば、好きなおもちゃの一つが壊れて使えなくなってしまった時のような感覚だ。しかし悲しい事に壊れたおもちゃは捨てられる運命なのね。私は10分もすると壊れたおもちゃである元妻への関心は薄れ、心は新作のコンパスにあった。昔からこうなんだ。熱しやすく冷めやすいというかな、何かに興味を持つのだけれど、その興味があることを行動する頃には別なものに興味がいっているんだ。今思うとそれらは本当に興味があったわけではなかったのだろうな。世間の注目や関心に踊らされ自分も興味があるように思わされていたんだろうな。それに気づかせてくれたのは、まさしくコンパスであった。
新作のコンパスは時計機能、ラジオ、水中でも使える防水機能を兼ね揃えた優れものだった。しかし誰が海や川に潜ってまで円を書きたいのだろうか、と一瞬思った。これだけで驚くなかれ、年内には次世代コンパスとしてDVDレコーダー、録音機が付き、モールス信号が打てるコンパスが発売される。このコンパスは折りたたみ式だ。なにもこれ以上コンパクトにしなくてもいいじゃないか、と思わずにはいられなかった。
娘は泣かなくなった。良い心掛けだ。しかし何かにひどく怯えているようだった。なにかと忙しい女である。私はそんな娘を横目に、新作のコンパスの柄をさすっていた。
第6章「コンパスと腹黒い姫君」
私は警察から数多くの取調べを受けた。妻は他殺と判定され、犯人はまだ捕まっていない。だから元夫である私に疑いの眼差しが向けられるのも仕方がないことである。警察の目は私を犯人だと目星をつけている目に他ならなかった。このことが私の職場(北仙台中学校)での立場を悪くした。女子生徒の中にはまるで汚いものでも見るかのように私を見る生徒もいた。しかし私はかまわなかった。元々私の居場所などこの町になかったのだから。今は生活のため無理にここにとどまっているだけで、私の本来の姿ではない。本来はどこか人里離れた山奥でコンパスと静かに暮らしたかった。一度この話を娘にしたが、娘は取り合ってくれなかった。それだけじゃなく最近娘はどこか上の空だ。暇さえあれば何かに怯えている。三度の飯より怯えることが好きなのだろうか。こうなったのは娘と元妻の遺体を確認に行って以来である。私は家で常に何かに怯えている娘を煩わしく感じてきた、だからなんとかしようと思っていた。そのときある邪悪な発想が頭をよぎったのだ。
その夜私は裸体だった。コンパスは普段から自分の肌を包み隠さず晒しているというのに、私がいつも服で自分の体を隠すのは、コンパスに失礼だと思ったからだ。それだけではない、今日は文字通り娘と裸で語り合いたかったからだ。娘は帰ってきて私を見た。嘗め回すように私の体を見て、経済大国日本の底力でも思い出していたのだろうか。しばらく呆然とし、ふと我に帰り椅子に座って言った。
『で、パパ何が言いたいの。』
私は臆すことなく立ち上がり、その全身を晒し、力を誇示するかのように鬼気迫る表情で言った。
『簡潔に聞きたい、元妻の水死体、あれ、お前か。』
娘は明らかに動揺していた。動揺した顔もまたかわいい。その顔を見てると私はひどく彼女を懲らしめたくなる。罰として円を書かせたい。娘は声を荒げて言う。
『私は何も悪くない、悪くない、死ぬような体に生まれたあいつが悪いんだ。』
自分の母親を殺しておいて、死んだ方が悪いといえるなんとも恐ろしい娘である。私はその瞳の奥に邪悪さを垣間見た気がした。私は娘の心の闇に迫る。
『どうやって殺した。』
『悪くない、悪くない。』
『なぜ殺した。』
『だから私は何も悪くないってば。パパもうどっか行ってよ。』
『ママに虐げられてたのか。』
『知らない、知らない、聞きたくない、聞きたくない。』
私は娘が落ち着くまでしばし待った。私は娘が落ち着くようにコーヒーを沸かしてやった。もちろん自白剤入りだ。私はコーヒーを準備しながらあとで加藤にお礼の電話の一本でもいれようと思った。
しばらくして私は娘に尋ねた。娘は快く私の質問に答えてくれた。手はぶらりとし、目はうつろではあったが・・・。
『誰と共謀してママを殺したんだい。一人じゃ無理だろ。』
『四番目のパパと一緒に・・・。』
『なぜ殺したんだい。』
『私、お金がほしかったの・・・。パパがコンパスをこよなく愛するように、私は日本銀行券が大好きなの・・・。』
『嘘だろおい・・・。』
『うん嘘、それは四番目のパパ。私は単にママが憎くて陥れたかったの・・・。』
『なぜ憎んだ。』
『ママはパパと別れて変わってしまわれた。連日男をとっかえひっかえし、私には見向きもしなくなった。たまに私を見るときは機嫌が悪く、私に暴力を振るう時だ。私は泣きじゃくりながらも復讐を誓った・・・。』
『何も殺さずにパパの所に逃げてくればよかったんとちゃう。』
『パパも嫌い。大いに憎んでいる。私がまだサンタクロースを信じていた頃、クリスマスの朝、枕元に置いておいた靴下の中を見たら包装されたコンパスが入っていた。私はその時からサンタクロースは父親であり存在しないことを悟った。このコンパス狂。私の人生はコンパスのようにうまく描けない・・・。』
私はめげない。
『四番目のパパはどうした。』
『今頃輪廻転生の真っ最中じゃないか・・・。私が毒物混入した。死んだ。四番目のパパはママより私を愛していた。四番目のパパは私の体を弄ぶかわりに私の言う事はなんでも聞いてくれた。私がいなくなることが考えられないらしい。私は四番目のパパの求めに応じた、しかし私の心はきつく南京錠をかけ、明渡さなかった。ママを殺すのにはどうしても四番目のパパの力が必要だった。だが事が済んだら私にとって憎むべき対象にすぎなかった・・・。』
私は私の知らない所で邪悪な世界が展開されていたことを知った。私は片手にコンパスを持った。心が落ち着いてくるのがわかる。私は大人の嗜好品が酒や煙草から、コンパスになる時代が到来することを信じている。さてここで問題だ。私はどうすべきなのだろう。結局何をしたかというと、何もしなかった。私の悪い癖だ、深刻な問題はいつも先延ばしして決断が遅れる。そして何もしないまま3〜4日経ってしまった。その間私と娘の間にまともな会話はなかった。しかしある夜、ふと娘は言う。
『私、自首する。この3〜4日考え続けたんだ。私は人を殺すのにまだ慣れていなかったんだ。ママの死体を見てから体の震えが止まらないの。殺してやっと人を殺すことのしんどさに気づいたの。私はママの亡霊を払拭したいの。パパがここ数日間、この件に触れず、私をそっとしておいてくれたという配慮に本当に感謝している。おかげで静かに考えることができた。』
娘は家を出た。去り際に私は言った。
『ほれ、これを持ってけ、私からの餞別だ。』
そう言って私は娘に一対のコンパスを渡した。娘はそのコンパスを強く握りしめその場をあとにした。娘は自首すると言っていたが、早速その発言は裏切られた。娘はどこにも姿を現さず、その後、娘とそのコンパスがどうなったかは誰も知らない。
第7章「コンパスと穀物自給率」
娘の一件は私に人類とは何かを深く考えさせる契機となった。そもそも人類とコンパスとの違いは何なのか、いや違いはあるのか。人はコンパスになれない。その点でコンパスと人間の隔たりが大きい事はわかる。最近知った。私は悩んだ。だが夜も眠れないってほど悩んだわけではない。寝不足は健康の敵だからだ。私も良いこと言うな。
私は36歳の誕生日を孤独と共に迎えた。すでに妻と離婚して3年の歳月が流れていた。この年は空前のコンパスブームが生じていた。老いも若きも男も女も皆コンパスを常時手にしていた。企業はこぞって新製品の開発を急いだ。そして今では携帯電話機能付きのコンパスすら発売されている。コンパスが無名時代からのファンの私からしてみれば、売れてくるのは嬉しい、しかしどこかコンパスが遠い存在になってしまったようで寂しさも感じられた。さらに、今のコンパスブームを支えているのはどうせにわかコンパスファンだろう。いずれコンパスも飽きられ捨てられることを思うと忍びなくてならない。そこらへんのファン心理はどこまでわかっていただけるのだろうか。だが今は素直にこのコンパスブームを喜びたい。私は傍らでコンパスブームを見守るだけで十分だ。コンパスブームは続き、特に若者の間で爆発的人気を誇った。コンパスは女子高生のファッションの一部となったり、クリスマスプレゼントに使われた。
『できる男のできるコンパス』
街中はこのようなコンパスの看板広告にあふれ、テレビCMでも軒並みコンパスが登場した。いまや世界で一番熱い産業と言えよう。
正月になった。子供たちは我先にとお年玉でコンパスを買いに行った。微笑ましい光景である。これが私の望んだ光景だったのであろうか。いや社会のあるべき姿とは本来このようなものなのだろう。加藤から年賀状が着ていた。奴がまだ文字を書けるぐらいは正気を保っていることは驚きだった。
『マリファナ栽培始めました。』
相変わらずだな、と思わず口元が緩んだ。私は年末、足がつかないように、鳥の餌に含まれる麻の実を使い大麻を栽培することをアドバイスしていた。私は2年後加藤がジミ・ヘンドリックスみたいに麻薬中毒死することを考えれば、この時体を張ってでも止めればよかったな、っと思わずにはいられなかった。が、別にどうでもいいことでもあった。それどころか死人に口なし、とすら考えてしまった。所詮友情なんてそんなもんである。
時は前後するが、片倉が刑務所を脱走した。それは鮮やかな脱走だったようで、
『お前かっこ良すぎるぜ、ちくしょう。』
と、他の受刑者や看守にすら褒め称えられたらしい。その後行方をくらまし、警察の手を逃れたが、なぜ警察に見つからなかったかというと、私がかくまっていたからだ。私が加藤に脱走した理由を尋ねると、
『俺が刑務所に収まっていたら、誰が病気のお袋の面倒見るんだよ。』
と言った。一見この発言は素晴らしいようにも見えなくもない、彼にはとっくに母親と呼べる人物がいなくなっていることを除けば・・・。そもそも片倉が異常な程幼い少女に欲情するには彼の複雑な家庭環境があったらしい。これは彼が誰にも言うなと言っていたから絶対に絶対に誰にも言わないでほしい。私は義理堅い人間として有名だ。だからここだけの話って奴だ。彼の父親は酒を飲むと乱暴になり、彼の母親、彼、彼の妹によく暴力を振るった。どこかで聞いたような話である。彼は父親を憎んだ。いつか生まれてきたことを後悔させてやろうとすら思っていた。そんなある日、彼の母親が妹を連れて家を出て行った。二人が出て行ったことで父親はより酒に溺れるようになり、そのことで体を壊し、彼が復讐を遂げる前にあっけなく死んだ。彼は遠い親戚に預けられた。そのまま遠い親戚の家で肩身の狭い思いをして成長した彼であったが、彼の頭には幼少期に体験した父親が妹に暴力を振るう姿が残っており、それが彼の精神を歪め、年齢の低い少女をいたぶることに性的欲求を覚えるようになった。・・・、これが片倉が私に話してくれたすべてであるが、もしこれらの話が本当なら、こないだ片倉が言っていた、親父さんと日帰りの温泉に言ってきたという話はどうなるのだろうか。その真実は半年後片倉が家の中に潜むのに嫌気がさし、ふと外に出た際交通事故で死亡したことにより、私の中で闇に葬られた形になった。彼は世間には車が走っていることをどうやら忘れてしまっていたらしい。かけがえのない友人を失ったことは惜しい、彼には来世に立派なコンパスに生まれ変わってほしいと思う。心からそう思う。
38歳の誕生日をたくさんのろうそくと共に迎えた。この二年間で、片倉、加藤の親友をなくし、私は悲しみにくれていた。だがこの年私にとって転機となる出来事が訪れた。それは意外なところから巻き起こった。
ある日、私は勤めていた中学校の校外学習の下見として、農村部に来ていた。米の作り方、農村の苦労・問題・現状などを一挙にやってしまおうという欲張りな企画だ。下見が終わり、私は何かに導かれるように、山の奥へと歩いて行った。そこにはある一軒の家と畑があった。私は畑に目をやった。するとなんとそこにはコンパスが植えられていた。自家製コンパスだったのだ。家の中から老人が出てきた。体のあちこちにコンパスが刺さっていた。私はたまらなくその老人に尋ねた。
『畑にコンパスを植えて実るのですか。』
老人は静かに答えた。
『秋には収穫じゃ。今年は晴天が多いから良いコンパスが獲れるはずじゃ。』
私はこの時思った。この人には勝てない、と。老人は続けた。
『あなたのコンパスの製造元を見てみなさい。』
私は見た。MADE IN CH○N○ と書かれていた。老人は言う。
『最近は安い外国からの輸入コンパスに押され、国産コンパスの生産量は減る一方じゃ。近頃じゃコンパスの製造方法すら知らない若者がほとんどじゃ。』
私は自分をコンパス愛好者の先駆けだと自負心を持っていたのでこの老人の発言はとてもショッキングだった。自分の浅はかさを思い知らされたのだ。
それから私は度々この老人の家を訪れるようになっていた。老人は笑顔で私を向かいいれ、小1時間コンパス談議に花を咲かせた。私は老人と語り合うことにより、さらにコンパスの理解を深める事に成功すると共に、なくしていた何かを見つけたような喜びに満ち溢れていた。私は少年のようにコンパスと戯れることができるようになった。
だがこの幸せは長くは続かなかった。私は勤め先の中学校の野外活動で気仙沼大島に赴いた。生徒も教師も普段の学校を離れ、すがすがしい空気の味わえる離島に来たことで、明らかに気分は高揚していた、私を除いては。それを察してか生徒も教師もどこか私を避け、私は一人ぼっちになっていた。陸の孤島なのはこの島だけじゃなかったのだ。しかしそれがかえって私には心地よかった。私はすることもなく、ぶらぶら道を歩き、意味もなく魚市場を覗いてみた。活気がある。今の私にもその元気の一つや二つ分けてほしい。だがその魚市場にいた一人のおじさんの一言が私を大きく動揺させた。
『今朝水揚げされたばかりの新鮮なコンパスが入荷しているよ〜。いかがかいお客さん、まけとくよ。』
そこには確かにコンパス398円と書かれていた。お手頃価格だ。しかしコンパスとは畑に生えるものではなく、水揚げするものだったのか。すると老人の言う事はまやかしだったのか。数々の疑問が浮かび、私はそのおじさんに尋ねずにはいられなかった。
『あの今コンパスが水揚げされたとおっしゃいましたよね。』
おじさんはこちらを向き答えた。
『ああ今時の連中は知らないのだろうな、最近は外国からの冷凍物に押されっぱなしで国内の水揚げ量は減退の一途をたどり、現在の国内水揚げ量は微々たるものだからな。しかし今年は例年にない豊漁だから国産でも割と低価格で店頭に並べることができたんだ。』
冷凍物?豊漁?私はこのおじさんがさも当たり前のように言う事が不思議でならなかった。コンパスは畑で収穫されるのか、水揚げされるのか、私にはわからず、その答えを畑を耕しコンパスを育てるあの老人にゆだねようと思った。私は老人の家に着いた。よく見ると老人の家の畑で育てられているコンパスは、私が初めてここに来た時からさっぱり成長していないことに気づいた。私の生来の猜疑心は研ぎ澄まされ、私は老人の家をノックした。返答はなかった。私はまるで現役体育会系のように力強くドアを開けた。そこには布団で寝ている老人の姿があった。老人はぎりぎり現世に留まっている感じだった。私は遺恨がないようすぐに尋ねた。
『コンパスが畑で収穫されるなんて嘘だったんですか。』
老人は軽く幽体離脱しながら言った。
『確かに多くの人間には酔狂に映るかもしれない。だがわしには見える、見えるぞぉ。』
私はいきり立って聞いた。
『な、何が見えるんですか。』
老人は息をひきとっていた。老人のそのいつもうつろな瞳には何が映っていたのだろう。もしかすると見えていたのはあの世だけだったのかもしれない。しかし、結果的にコンパスについては何も結論は見出せなかった。また、あとで地図で調べたら、気仙沼大島には魚市場など最初から存在しないことも明らかになった。
私は絶望に暮れながら、老人を簡素ながら埋葬しようと思った。私は老人が生前一生懸命耕していた、コンパス畑の隣に埋めようと思った。私は遺体がすっぽり入る程度の穴を掘り、そこに老人を入れ、土を被せ埋めた。そして墓石を置き手を合わせた。老人の墓とコンパス畑が同時に視野に入ったその時、私は悟ったのだ。そういうことだったのか・・・、分かれてなどいなかったんだ・・・、自然は・・・、コンパスは・・・、人間とは何かこう別の何か・・・、別な所にあるような気がしていたけど・・・、違ったんだ・・・、人が・・・、・・・、人間がコンパスそのものだったんだ。老人はそれが見え、体を張って私にそれを教えてくれたんだ。人類もコンパスもこの大自然の一部にはなんら変わりないんだ。私は妙な一体感に包まれ、そこには幸福感があった。
私は再びいつもの日常に戻った。だがそこにはもうコンパスはなかった。いや携帯しなくなったのであってなくなったのではない、コンパスは永遠に存在し続ける。この胸の中に。
第8章「コンパスと禁じられた遊び」
錠剤だけでは飽きたらず、危ないお注射にまで手を染める友人を私は止めることができなかった。なぜなら、私自身も注射の先端に付随している注射針の持つ可能性に興味があったからだ。日光に照らされ、怪しく光るその注射針の光は、混迷する日本経済の最後の希望の光にすら見えた。私が注射針の台頭に期待する背景として、私の腐りきった性根があった。そう、一度はコンパスを手放した私であったが、再び握りしめていた。私は一度変わろうと思っても、すぐに変わってしまう自分への不安が生じ、元の安定した状態に戻ろうとする弱さを持っていた。再び私のコンパス依存が始まってしまったことについて加藤は、
『お前のその手は何のためにある? コンパスを掴むためにあるんじゃないか』
と励ましてくれた。どこかで聞いたような台詞である。だが、そんな加藤はどこか嫌いになれない。コンパスの四百八十二分の一ぐらい愛してる。この愛は日本人一人が生涯で作り出す愛の六割に相当する。
この日もまた加藤を自宅に招待して一杯やっていた。しかし、実際はというと、私は加藤をおかまいなしにコンパスに夢中になっていた。コンパスは変わらぬ若さと美しさをかねそろえており、私に時の流れを感じさせなかった。人類は進化の過程でコンパスに出会えたことを幸せに思わなければならない、といったことを考えていた。加藤は加藤で勝手によろしくやっているようだった。つまり、懐から例の注射針を取り出し、桃源郷を見ているに違いない。その証拠にいくら加藤に話し掛けても、
『うふふ、うふふ』
としか言わず、会話として成り立っていない気がする。そうして今夜も夜が更けていった。
加藤が奇声をあげるので五月蝿くて眠れない。いくら明日が土曜で仕事がないとはいえ、いい加減夜更け前には寝たい。オールナイトなんて企画でもない。最近の加藤の目の下の隈にはこんな秘密があったのか。それに明日はコンパス雑誌の取材も受けることになっていたから、多少でも睡眠はとりたい。私は家に加藤を残し、近所の漫画喫茶で寝た。
朝戻ると、加藤はいなくなっていた。壁中に付着する血液は何を物語っているのだろうか? そんなことを考えている余裕もない。私は円を書き始めた。もういくつ円を書いたのだろうか。わからない。わからないけど、ただ一つ言えることは、円を書いていないと落ち着かないということだ。休みの日は円を書くこと以外何もする気になれなかった。円を書き続けること、それが今の私のすべてだった。
『アフリカの飢餓に苦しむ子供たちにコンパスを送ろうキャンペーン』は不発に終わった。学校を中心にコンパスを買うための募金活動をし、ついでにコンパスについての理解も深めてもらおうという画期的な企画であったが、なぜか共感を得られなかった。匿名の電話でボロクソに言われたりもした。時代を先取りしすぎたか? それでも私はめげなかった。何がそこまで私をかきたてるのかというと、私にはある邪悪な使命感があった。私ももう三十七歳、三十代も後半だ。不惑も近い私に託された仕事とは何だろう? 私は最近それを考える。そして、私はある結論に達した。私の仕事は、次世代を担うコンパス愛好家を作り出すことである、と。私が購読する『月刊コンパス』によると、現在若手NO、1コンパス愛好家はフランキー西沢とかいう奴らしい。だが、その雑誌の記事やインタビューを見ると、素早さ・腕力・跳躍力どれをとっても、とてもコンパス界を引っ張っていける器ではない。コンパス界のカリスマと呼ばれる私にはとうてい及ばない。コンパスと人間との調和をうまく成し遂げ、世界にコンパスの素晴らしさを伝え普及させることができる若手をもっと発掘せねばならない。三十七歳も若いとは思うが、十代二十代にコンパス界を背負って立つ人間がほしいのだ。
私はコンパス支援サークル『望まれぬ子』を立ち上げた。しかしながら、時代の流れは逆風だった。数年前突如巻き起こったコンパスブームは終息し、人々はコンパスを手放した。さらに、コンパスを使った猟奇殺人も起こり、コンパスは悪役となった。
『だから私はコンパスブームには慎重な意見だったのですよ』
ちょっと前まで『今日のコンパス』を扱っていたテレビのコメンテーターは手のひらを返したようにコンパスを罵った。『月刊コンパス』の発行部数も激減し、廃刊の危機に晒された。コンパスにとっては暗黒の時代である。当然『望まれぬ子』にも人は集まらず、会員一人が続いた。
三ヵ月後、ついに『望まれぬ子』への入会者が現れた。それはなんと片倉の息子であった。なかなか見所がある。どれ可愛がってやるか。
片倉の息子はなかなかの器量の持ち主で、これからの成長次第では、私の良き後継者になれそうだった。ただこの計画も間もなく頓挫する。片倉の息子が女子乳児連続誘拐監禁事件を起こしてしまったのだ。血は争えない。父を超える鬼畜だと思う。なぜなら片倉(父)は乳児に手を出すことはなかったからだ。片倉の息子は暗い塀の奥で私が特別目をかけてやったことなど考えもしないのだろうな。彼はもう檻に入れて餌を与えない方が良いかもしれない。放っておくと次は女子胎児誘拐未遂でも犯してしまいそうだ。私は『ロリコンは遺伝するか?』についての論文でもそのうち書こうと思う。
片倉の息子以降はさっぱり『望まれぬ子』への入会者は現れず、自主廃業した。悲嘆に暮れる私に加藤は黙って注射針を渡した。加藤の会心の微笑があまりにも眩しかった。
<文中注解説>
(注1) 精神病でいっちゃう寸前ぐらいやばいお方のこと。宿屋に一泊したぐらいじゃ治らん。
(注2) 広瀬川がわからなかったら自分で調べろい!いつもいつも俺が『優しさ』という毛布で包んでくれると思うな。宮教大へえへえマップでも使え。
(注3) 真似したら歯ぐきに針が刺さるよ。だからやめとけ。冒険したい年頃なら話は別だが・・・。
(注4) 妻にもまた同じような発想であんなことやこんなことやましてやそんなことまでやってしまった(後日談)。内容は省略。
(注5) よい子は・・・(以下略)
(注6) OVER DOSE(薬物過剰摂取)です
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